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第6話
ようやく来たバスに先に乗り込んだはいいものの、透はどこに座ったものか悩んだ。
中途半端な時間帯のため、車内はほぼ貸切状態である。
どこでも好きな席に座ればいい、はずなのだが。
これ、やっぱ一人用の席だと不自然だよな。でも二人用に座って別のとこ行かれたら悲しすぎる……。
そんなことを考えつつ、透はいままでの聖の様子に賭けた。きっと、嫌われてはいないはずだ。
南無三、と妙なことを唱えながら窓際に座ると、ごく自然に聖が隣に来た。
肩と肩が触れ合う。
うわ、すげーいい匂いする。香水かな?
思わず吸い込みそうになってしまい、透は慌てて咳をして誤魔化した。不思議そうな顔で聖がのぞきこんでくる。
ちょ、近い近い近い! やっべ、いきなりこの距離感って難易度高すぎじゃね?
急に緊張がマックスに達した透は、カチコチに固まりながら前方に視線を送る。
すると、一番前の席に座っていた男と目が合った。
目が合う、ということはつまり、先頭にいるはずのその人物は、わざわざ後ろを振り返っているわけで。
「げ、秋都 ……」
透がつぶやくのと、バスの一番前を陣取った高見 秋都が笑みを浮かべるのとは、ほとんど同時だった。
「トール! その子が例の新メンバーなの?」
バスを降りるなり背後から話しかけられて、透はしぶしぶ振り向いた。
「まさか彼女同伴でスタジオ行かないだろ……」
言ってしまってから、思わず聖の顔色をうかがう。特に怒っている様子ではない。
「オレは高見秋都! キーボード担当だよ、よろしくね」
にこにこと自己紹介をする秋都に、聖は微笑みながら頷く。
「こんな可愛い子だなんて、先に言っておいてくれれば良かったのに」
その言葉に、透はひやひやした。聖の機嫌が悪くなるかと思ったのだ。
だが、彼の表情は意外にも穏やかだった。
「それより、秋都はどうしてこんな早いんだよ?」
彼は少女漫画家とバンドを兼任しているという異色の経歴からか、普段は集合ギリギリの時間が多い。
「今日はね、たまたま編集さんとの打ち合わせが早く終わったんだ」
実は売れっ子漫画家なんだよ、とさりげなく話を盛りながら、秋都は自己紹介を再開している。
初対面なのにあれだけ懐けるのも才能だな、と透は感心していた。
多少、ボディタッチが過剰な気がしなくもなかったが。
おい、いくらなんでもちょっと触り過ぎじゃないか?
秋都が聖の頬をつついている段になって、透は危機感を募らせた。
うらやま……いやいや、さすがにダメだろ。
「すご〜い!聖くんのほっぺた、超やわらかいね!!」
困ったような顔をした聖は、されるがままだ。
だいたい、出会ってすぐなのにすでに名前呼びなのも有り得ない。
「おい秋都、いやがってるだろ」
そうなの? と言って聖の顔をのぞきこんでいる秋都の身体を無理矢理引き離す。
全く、うらやまけしからん。
それが完全に嫉妬からきている感情だということを、透は認めざるをえなかった。
いつのまにかこんなに惹かれていることに、驚きを隠せない。
きっと、ふたりなら何処にだって――遥かなあの高みへも、辿り着ける。
そんな風に思えるようになるのは、まだすこし先のこと。
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