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第8話

 四階に着くと、レコード店の前で女子高生のグループが騒いでいた。  透たちにしてみればいつもの光景なので、気にせず店内に入っていく。彼女たちの声のトーンが上がるところまでがセットだ。 「あー、もうちょっとで上がりやから、先スタジオ行っとってや」  レジにいた青年が関西弁で話しかけてくる。 「彼方、落合さん来た?」 「午前中に来とったよ。用事がある言うてさっさと帰りはったけど」  それだけ聞くと、透は片手を挙げて了解の意を示しながら隣の店に向かった。   「あれ?」  楽器店のレジを兼ねたスタジオの受付に、店長の姿はない。代わりにバイトの青年が売り物のはずの雑誌を読んでいる。 「優磨(ゆうま)(れん)くんって今日出勤じゃなかった?」  顔を上げた加藤(かとう)優磨は、透の姿を認めると雑誌を棚に戻した。 「今、買い出し行ってるよ」 「いやそれ役割が逆なんじゃ……」  透たちが話している後ろで、三人――正確にはうるさいのは二人だけだが――が、わちゃわちゃと楽器と戯れている。 「ちょっとちょっとお客さん、売り物に触らないでくださいね」 「優磨ぽん、そんなケチくさいこと言ってるからお客さん来ないんだよ~」 「そうだぞ~、カトちゃん」 「お前らその呼び方は恥ずかしいから止めろって言っただろ」  可愛らしい見た目の三人がじゃれ合っているので、いつの間にか移動してきた女子高生グループがキャーキャー喜んでいる。  透は隣に来た聖に話しかけながら、勝手にレジにあった予約表を書き直した。 「あいつ『CROWN(クラウン)』ってバンドのメインヴォーカルやってるんだ」  彼らのバンドは既にメジャーデビューが決まっていて、優磨も近いうちにここのバイトを辞めることになっている。 「もうスタジオ入っていいんだろ? 機材も届いてるはずだから、確認しとこう」  ずっと遊んでいる三人を放置して、透はスタジオに続く重い扉を開けた。 「さすが、もうセッティングしてある」  おそらく蓮がやってくれたのだろう、楽器類はすぐに演奏できる状態にされていた。 「おぉ~、準備バッチリじゃん」  後からどやどやと入室してきた面々が、それぞれの持ち場につく。時間がもったいないので、さっさとチューニングを始めることにした。 「早速やっとるな〜」  少ししてから、私服に着替えた彼方が顔を出す。 「とりあえず音を合わせてみたいから、彼方テキトーに叩いてよ」 「まだ着いたばっかやし、新メンバー候補とも挨拶すらしてへんやん……」  愚痴りながらもドラムセットに向かう彼方は、聖に向かって軽く会釈をした。 「そんなの後でいいって」  透は気ばかりが急いて焦ってしまっているのが自分でもわかったが、どうしてもわくわくする気持ちが抑えられない。  やがてエイトビートのリズムが刻まれると、それにベース音が重なる。ギターリフとキーボードのピアノ音が乗り、有名な洋楽アーティストの曲っぽくなった。  瞬間、エモーショナルなギターが鳴り響き、その場にいた全員の顔に驚きが広がる。 「マジか……」 「かっけぇ!」  口々に衝撃をつぶやきながら、演奏がどんどん激しくなっていく。  聖のギターソロに入った途端、透は確信した。  これなら、世界も狙えるかもしれない。  あまりにも大げさにすぎる感想だったが、それくらい透にとっては素晴らしいプレイだった。  きらきらと輝くような多彩な音色が、目の前の景色をいつもとは違うものに染めていく。  遥かな高みへと昇るその先に見えるのは、第七天国で待つ神の姿だろうか。    そんな妄想に浸りながら、透はこの時間が永遠に続けばいいと思っていた。

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