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第9話
一曲終わった時点で、すでに透は肩で息をしていた。
やばい、藤原くんのプレイに引きずられて最初から飛ばしすぎた。
当の聖は涼しい顔をしているのを目にし、ここにきて透は初めて不安を覚える。
このままでは、今度は逆に、彼のプレイに自分たちが追いつかない状況になるのではないだろうか。
実際、他のメンバーも同じように感じているらしいことが見て取れる。
「ひーさん、めっちゃくちゃカッコイイね!」
秋都は一見すると無邪気に喜んでいる風だが、微妙にテンションが違う。爽汰も戸惑った表情だし、彼方に至っては異様に汗をかいていた。
「これで、藤原くんの超絶テクニックはわかっただろ?」
透もそう言いながら、ソロプレイだけを聴いて早々と加入を決めてしまったことを後悔し始めていた。
そもそも聖は、バンドの経験がないのかもしれない、と思う。舞い上がって肝心なことを一切尋ねていなかったのだ。
なんともいえない空気を入れ換えるかのように、部屋のドアが開く。
「遅れてゴメン! つーか、集合時間早くなってない!?」
息を切らした翔が、そう言って入ってくるなり上着を脱いだ。Tシャツに覆われた、筋肉質な上半身が現れる。
「この子が新しいギター? あれ、新メンバーって女の子なの?」
メールで説明してあるはずなのに、相変わらずの天然っぷりだ。
「ひーさんは可愛いけど男だよ、残念でした!」
秋都の言葉は無視して、翔は聖の顔を凝視している。
「どっかで会ったことある?」
その台詞に、聖をのぞく全員が反応した。やれ古臭いナンパだの、ここはホストクラブじゃないだの散々な言われようだ。
とりあえず自己紹介しそびれていた彼方と共に挨拶を済ませる。
「さっきは自由に弾いてもらったけど、今度は俺たちの曲で合わせてもらっていいかな」
透はそう言うと、自分のカバンからスコアを取り出した。ライブでは一番盛り上がる、定番の一曲だ。
受け取った聖はしばらく音符を目で追うと、ちいさく頷いた。
「翔いける?」
ペットボトルの水を口に含み、こくこくと首を縦に振っている。
「じゃあ、彼方カウントよろしく」
スタジオの床を重厚なリズムが揺らし始める。翔のハスキーなヴォーカルが軽やかに伸びた。
あれ、意外と良い感じじゃないか……?
どうやら、聖はかなり勘がいいらしい。先程の一曲で全員の技量をはかり、合わせた演奏に切り替えているようだった。
その分パワーダウンは否めないが、それを補って余りあるテクニックがいつもの楽曲に深みを与えている。
ヴォーカルが入ったせいでもあった。聖のプレイは、翔の歌声を引き立てるように変化しているのだ。
これなら、いける。
先程までの不安や後悔などはとっくに吹き飛んでいた。
翔が歌いながら驚いた顔で透を見ていた。軽く目配せをしてプレイを続行する。
終わった途端、翔は聖の正面に歩み寄った。
「ぜひ、ウチのバンドに加入してください!」
まるで告白でもしているような調子で、右手を差し出して身体を直角に折り曲げている。当たり前だが、聖はぽかんとした顔で立ち尽くしていた。
「いやいやいや、藤原くん困ってるし」
透は慌てて翔の身体を横へどかした。
「こういうことは早い方がいいかと思って」
翔の言い分も一理あるのだが、こればかりは全員の意見を聞かなくてはいけない。
「とりあえず、俺と翔は藤原くんと組みたいと考えてるけど。みんなはどう?」
「オレはひーさんとやりたい!」
右手を勢いよく挙げた秋都が叫んだ。
「二曲目の感じならええと思うよ」
彼方はすこし含みのある言い方をする。
「わりぃ、俺ちょっと保留でもいいかな」
バンドリーダーでもある爽汰は、申し訳なさそうな顔で頭を掻いた。
「うん。藤原くんもすぐには返事できないだろうし、そうだな……三日後くらいに、どこかで集まって話し合おうか」
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