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第2部 2話
その日はニューアルバムのレコーディングだった。が、まだオケが完成していないのでヴォーカルの出番はない。
それでもスタジオに顔を出すことにしたのは、あくまでバイトがなくて暇だったからだ。
そんな風に自分に言い聞かせながら、翔は重いスタジオのドアを開いた。
「やってるか~?」
「あれ、翔って今日なんかあったっけ」
締め切り前に入稿できて余裕のあるらしい秋都は、録音ブースの外で雑誌を読んでいる。
「なんだよ、用がないと来ちゃいけないのか?」
「またまた~、どうせひーさんに会いに来たんでしょ」
隠していたはずの本音を見事に言い当てられて、翔はつい目を泳がせてしまう。
「残念ながら、今日は俺と秋都だけだよ」
「平日の昼間っから暇してるのは、フリーターと自由業だけか」
タイミング良くブースから出てきた透が会話に加わってくれたおかげで、翔はなんとか誤魔化すことに成功した。
せっかくだから聴いていけば、と透がついさっき録音したばかりの曲をかけてくれる。
「最近、透の創る曲って、なんてゆーか……壮大な感じするよね」
秋都の説明はいまいちわかりにくかったが、ニュアンスは汲み取れた。
「やっぱり聖のギターが入ること前提だとさ、ちょっとセレブ感を出したい、みたいな?」
透の言い方もまたテキトーだ。作詞もする割には、語彙力はまだまだといったところである。
「あ、そうだ。俺、ボイトレの先生替えようかと思っててさ。誰かアテない?」
「そう言われても、みんな同じとこ通ってるし……」
翔たちのバンド『EUPHORIA』は、聖以外のメンバー全員が歌唱できることもウリだった。
アルバムにはそれぞれのソロやユニット曲も入っているくらいだ。
「落合さんに聞いてみたら?」
エイジは芸能事務所の社員なので、業界人に顔が広い。
「あの人、なかなか捕まらないんだよなぁ……」
「明日あたりスタジオ来ると思うよ。ひーさんのスケジュール確認してたもん」
彼はマスコミ業ゆえ神出鬼没なのだが、聖が絡むとほいほい出てくるのだった。
「そういえば、翔って昔けっこう有名な先生のところで教わってなかった?」
透の言葉に、翔はまた記憶のトリガーを引かれたような気がする。
なんだろう……何か、大事なことを忘れてるような。
「う〜ん、地元だから通うの大変だし。そもそも、まだ現役なのかな? 俺が習ってた時点で、すでにおじいちゃんだったから」
「そっか〜、それだとちょっと厳しそうだね」
秋都はそう言って、また雑誌に目を落とした。
透はなぜか難しい顔をして、何か考え込んでいる。
「あぁ……今思い出した。あの先生、週イチで東京にレッスン行ってたな」
確か、当時界隈で噂になっていた天才少年がいるとかで、わざわざ本人が出向いて教えていたのだ。
「なあ……その人って、自分のブログに教え子の動画貼ってたりしなかったか……?」
透が真剣な顔をして妙なことを訊いてくる。
「さあ? 確かにコンクールの時、記録用に撮影はしてたはずだけど」
翔の言葉に、透はますます険しい顔になって黙り込んだ。
ぼんやりとしていた当時の記憶が、途切れ途切れのワードによって少しずつ思い出されていく。
そういえばあの時、テレビカメラ入ってたんだよな。
自分も多少は映っているかも、と期待してオンエアを観て、再びあの歌声を聴くことになった。
生の時よりは冷静になっていたつもりだったが、その後すぐ、親に合唱は辞めると伝えたのだ。
「あれ、トールって合唱団とか入ってたんだっけ?」
今までにそんな話をした覚えはないのだが、なんだか今日はやけに食いついてくる。
「いや、そうじゃなくて……昔、ちょっとネットで、テレビを録画したやつを観たことがあってさ」
なぜか歯切れの悪い言い方をする透に、翔は何かが頭の中で繋がった気がした。
「それって、天才ボーイソプラノの男の子の特集……」
驚いた顔をした透と、翔の目が合った。
カチリと、記憶の歯車が噛み合った瞬間だった。
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