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第2部 3話

 透が観せてくれた映像は、確かにあの時のものだった。  眩しい光の中、ひときわ輝く純白の天使。  そのくちびるから紡がれる、美しい旋律。繊細で、それ故に危うさを併せ持った至上の音楽。  翔は、自分がなぜこの強烈な体験を今まで封印していたのかが不思議で仕方なかった。  確かに実力の差を見せつけられて、ショックを受けたことは確かだ。まだ幼い自分にとって忘れた方が良い記憶だったに違いない。  それにしたって、こんな体験を、すっかり忘れてしまうものだろうか?  その時の翔は、本当に肝心な部分だけを見事に記憶から消し去っていた。  彼の才能と、その容姿に嫉妬したこと。  そして、当時はまだ理解できなかった感情――その裏側にある、本当の気持ち。  恋を、していたのだ。  この歌声に、愛らしくも崇高なその姿に――。 「これ、ひーさんじゃん! こんな歌上手かったんだね〜」  秋都が断言しているのを聞いて、やっと翔は聖の顔に見覚えがあった理由を悟る。 「似てるなとは思ってたんだけど。やっぱり本人だよな?」  透はまだ半信半疑のようだ。 「ちっちゃい頃から可愛かったんだねぇ」  確かに、荒い映像であるにもかかわらず、その少年の容姿が美しいことがわかる。 「トール、聖にはまだ観せてないんだよな?」 「うん。人違いだったらなんか恥ずかしいし」  透はそう言ってもう一度動画を再生した。 「でもさ……これ、ひーさんには言わない方が良いんじゃないかなぁ」  それまではしゃいでいた秋都が、ぽつりとつぶやく。 「だよな。まぁ、そもそも本当に本人なのかもハッキリしてないし」  透の言葉に、翔も頷いた。  これを観せるということは、彼が話さない理由について触れることにもなりかねない。  聖が声を出さないことについて、翔たちは「事情があるから」としか聞かされていない。  身体的な原因によるものなのか、精神的なことが作用しているのかも知らない。  そもそも本人が教えないということは、知られたくない、ということだと解釈している。 「とりあえず、爺とカナちゃんには言っておいた方がいいかもね」  翔たちのバンドには、暗黙のルールとして『情報の共有』というものがあった。今回は聖にだけ教えないことになってしまうが、事情が事情なので仕方がない。 「あいつらは詮索するようなタイプじゃないけど、何かの拍子に知る機会もあるかもしれないしな……」  ほんの短時間とはいえテレビで放映されていたことや、ネット上に公開されていたことを考えると可能性が全くないわけではなかった。  ただ、翔は透たちの意見にすこし違う思いを持っていた。  今では聖が喋らないことはごく当たり前で、メンバーの誰もがそれを特別なことだと感じていないように見える。  しかし、自分たちはようやくメジャーデビュー目前というところまで来たバンドなのだ。そんな問題を抱えているにもかかわらず、向き合おうとしていないのは危険な状態なのではないだろうか。  そして翔は、自分やメンバーをまだ完全には信用してくれていないのであろう聖に、寂しさも感じている。  彼が加入してから半年、怒涛の勢いでここまで走ってきた。皆が一丸となって、バンドを大きくしようと頑張ってきたのだ。  おそらく次のアルバムが、インディーズで流通する最後の一枚になるだろう。  しかし皮肉なことに、有名になればなるほど、聖の過去が暴かれる可能性は高まるのだ。  いずれにしろ、近いうちに全員で話し合わないとダメだろうな。  翔はそう結論づけて、その日はスタジオを後にした。

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