翌日、翔はバイト帰りにメンバー行きつけのバーに出向いた。 　相変わらず今日も繁盛しているが、客層は年齢が高めな上に男性ばかりだ。 　ここはまだファンにもバレていない、隠れ家的な場所なのである。 　いつものボックス席には、透と彼方の二人が座っていた。 「これが仮に聖やとすると、すくなくともこの頃は声が出てたんやな」 　例の動画を観終わった彼方は、そう言ってスマホを持ち主に返す。 「彼方、どうだった？　やっぱり聖だと思う……？」 　問われて、彼方は少し考え込んだ。 「こない画(え)が荒いとなぁ。でも、秋都は本人や言うてたんやろ」 　秋都は漫画家なだけあって、人の顔を見分けるのが得意だ。それは化粧や髪型で印象が変わっても関係ないらしい。 「これっていつの映像なん？」 「聖は俺と同い年だから、この時は十二歳のはず」 　翔の言葉に、透は首をひねった。 「俺も昔調べてみたことがあったけど、ボーイソプラノって珍しいんだよな？　テレビでも特集されるくらいだし」 「そうだね。だいたい、コンクールでソリストに抜擢されるってだけで、凄いことだから」 　透はう～ん、と唸って、日本酒の入ったコップを手に取る。 「本当に聖がそんな天才少年だったとして……俺らがブレイクして、超有名になったらさ。やっぱ、そのうちマスコミが嗅ぎつけるよなぁ」 　そう言って、くい、っとコップの中味を一気に呷った。酒に強い彼は、ほとんど顔色が変わっていない。 「そーゆーの、取らぬタヌキのなんちゃらって言うんやで」 「は？　たぬき？」 　翔には、彼方が何の話をしているのかさっぱりわからなかった。 「とにかく、やっぱり一度落合さんに話を聞いてみた方が良いよな」 　そもそも聖を紹介してくれた人物なのだから、なにかしらの事情は知っているに違いないというのが透の見解だった。 「それじゃあ、その前に一応リーダーの許可を取りに行きますか」 「爽汰のことやから、ボケ倒して話にならんやろうけどな」 　それもそうだ、と笑いながら二人が立ち上がるのを、翔はぼんやりと眺めていた。 　なにか、もっと……大切なことを忘れている気がするんだよな。 　過去の曖昧な記憶を映像として確認したことで、翔の中では逆にもやもやとした感情が沸き起こっていた。 　あの時、翔は彼の歌声を聴いて、自分に歌は向いていないのだと感じた。 　だから合唱団をすっぱりと辞め、好きだったダンス一本でやっていくことに決めたのだ。 　結果的には、またこうして人前で歌っているわけだが。 　そういえば、家族は合唱団を辞めることに対して何も言っていなかった気がする。 　あれだけ頑張って、全国レベルのコンクールにまで出場していたというのに。 「お〜い、翔なにしとるん？」 　呼び掛けられ、慌てて席を立つ。 　 　やっぱり一回実家に帰ろう。 　翔は二人の後を追いながら、明日からの予定を思い返していた。