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第2部 12話
聖の説明はセンテンスが短く、全てを理解するまでにかなりの時間を要した。
その間、誰も二人のところに来なかったのはほとんど奇跡だ。
「それじゃ、聖の声が出ないのは……」
翔のつぶやきに、聖がちいさく頷く。
精神的な弱さ
かすかに震えた文字が、彼の葛藤を物語っていた。
話をざっくりとまとめると、彼の喉は現状、機能的な問題は見つかっていない。
声変わりの時期に無理な歌唱をして声帯を痛めたのは事実だが、そこまで深刻なダメージではなかったらしい。
声を出さないのは、本人の固い意志によるところが大きかった。
なにより、今の自分の歌声を他人に聴かせたくないという思いが強い。
それは、あの美しいボーイソプラノが出せなくなったことで周囲から幻滅されたくない、という恐怖など、様々な要因が考えられた。
「ごめん……俺、何も知らなくて」
安易に彼の心の傷を開いてしまったことが申し訳なくて、翔は素直に謝った。
だいじょうぶ、と聖の口が動く。
いまはギターで歌えるから
その言葉を理解した瞬間、翔は彼のギターテクニックが努力の賜物であることを悟った。
あの歌声のレベルまで演奏技術を引き上げるつもりでいたのだとしたら、一体どれだけの時間と労力が必要だったというのだろう。
「やっぱり、ギターは松浪くんから教わったの?」
こくりと首を動かし、聖はにっこりと笑った。
それは、落ち込んでしまった翔に対する気遣いに違いない。
「このこと……メンバーに話しても、大丈夫かな」
翔の言葉に、聖はほんの少し考え込んだ。だが、決心したように大きく首を縦に振る。
ずっと、かくしてるのがつらかった
ちいさな、消えてしまいそうな文字だった。
それが目に入った途端、翔はたまらず聖の身体を抱き寄せた。
驚いた顔をしているだろうことを感じながら、ぎゅっと力を込める。
「ずっと、そんな思いをさせていて、ごめん。あの時……俺が、声をかけていたら」
言い出したらキリのない、過去の選択肢の数々。
それでも選び続けてきた結果が、いま自分の腕の中にあるぬくもりなのだ。
ちいさく震える肩、かすかに聞こえる吐息。そんなものすべて、自分の物にしてしまいたい。
と同時に、彼の心の傷をなんとか癒やしてやりたいとも思う。
激情と慈愛。相反するふたつの感情の狭間で、翔は揺れていた。
「聖……好きだ」
思わず発してしまったその一言が、この先の運命を大きく狂わせてゆくことを、その時の翔は知らなかった。
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