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第2部 14話
本来なら全員の納得のいくまでアレンジを練りたいところだったが、あいにく時間も金も有限だった。
「ミリオン獲ったら、絶対にプライベートスタジオ作ってやる!」
爽汰の宣言を、その場にいたほぼ全員が「ないない」と否定した。
「爺がそんなお金出すわけないじゃん」
「いやいや、ないないってそっちかよ! いざという時のために貯めてるだけだって!!」
「トールが言うなら信憑性あるんやけどな~」
わいわいと話しながらスタジオを出る。
「翔、明日こそ頼むぞ」
「ホント悪かったって。今夜、しっかり聴き込んでくるから」
そう言いながら、翔は目の端に聖の姿を捉えていた。この後、彼と透の三人で例のバーに行く予定なのだ。
「じゃあ、また明日な~」
公共交通機関組が駅やバス停に向かう中、翔と透はスタジオの地下駐車場に向かう。その後ろから、聖がちょこちょこと付いてきていた。
「オレはバイクだから、翔の車に乗せてもらって」
ほんとは後ろに乗せたいけど、と付け加えて、透は愛車の方に歩いていく。
「聖、バイクの方が良かった?」
翔の問いに、聖は困った顔をして小首をかしげる。予想通りの可愛らしい反応に、翔は満足げに微笑んだ。
「ごめん、冗談」
わざと二人を比較させるようなことを言って、牽制してしまう自分。
好きな子にイジワルをして喜ぶなんて、まるで小学生だ。
どうも聖が絡むと、感情のコントロールが難しい。
「あの話、俺からトールに説明すればいいのかな」
並んで歩きながら、ぽつぽつとこの後の打ち合わせをする。
聖は、否定も肯定もしなかった。代わりに、口を動かしながら難しい顔をしている。
その仕草は、必死で言葉を発しようとしているように見えた。
「きっと、さっきのアレは無意識だから出来たんだと思うよ。無理に話そうとしなくても大丈夫だから」
聖の健気な姿が愛おしくて、翔は自身でも驚くくらい優しい声音で語りかけていた。
なんだか悔しそうな表情なのを見て、不謹慎ではあるが可愛らしいな、などと思ってしまう。
声が出ていたという事実が、彼の意識を前向きに変えているのだろうか。
それとも周囲が気が付いていなかっただけで、彼はこうして今までも努力を繰り返してきたのだったか。
「時間がかかっても、みんな待ってくれるからさ。あいつら口は悪いけど、根はいいやつらなんだよ」
聖がこくんと頷くのを見届けてから、翔は小走りに車のところまで行った。
「どうぞ、姫様」
おどけて助手席のドアを開けてやると、聖がわざとらしくしかめ面をする。女の子扱いするな、という意思表示だろう。
あー、この怒った顔めっちゃカワイイ。俺、意外とM気質なのかな。
そんな馬鹿なことを考えながら、ドアを閉めて運転席にまわる。
まるで彼女を初めて乗せるような気分になって、翔はこのまま海にでもドライブしたくなってしまう。
乗り込んでエンジンをかける。ゆっくりと通路に出ると、後ろからパッシングされた。
先に行けという透からの合図だ。
バックミラーにバイクが放つヘッドライトが反射して、それはまるで、抜けがけはナシだぞ、と主張しているようだった。
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