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第2部 17話
いかにも家賃の高そうなタワーマンションの前で、聖を降ろす。
足取りがしっかりしていることを確認し、翔はあえて部屋までは送っていかないことを決めた。
今の状態で彼の隣に立ったら、自分でも何をしでかすかわからなかったからだ。
「部屋に着いたら、俺のとこにメールして」
それでも心配なので、ついそんなことを言ってしまう。成人男性に対して過保護すぎるとは思うのだが。
聖はこくりと頷き、また顔の横で小さく手を振った。
今すぐ飛び出していって抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死な翔は、ぎこちない笑顔を返すのが精一杯だ。
部外者を拒絶するような佇まいの玄関に、華奢な背中が吸い込まれてゆく。
その様子を見守ってから、翔は改めて建物の外観を眺めた。
ぽつぽつと灯りが見える豪奢なマンション。ふと、聖の生活費は佳祐が援助しているのだろうか、などと下世話なことを考えてしまう。
女々しい自分の考えを嘲笑うかのように、能天気な通知音が車内に響いた。
しかし、聖からの報告を見ても、翔はすぐにその場から動こうとはしなかった。
無数にある部屋の窓を見上げ、あの中のどこかにいるのだな、と想いを馳せる。
今、たしかなのは……俺は、聖が好きだ、ってこと。
自身に言い聞かせるように、翔は気持ちを再確認した。
カーステレオからは、透の吹き込んだ仮歌のラブソングが流れている。
今なら最高のコンディションで歌える気がして、翔はハンドルを握りながら熱唱してみた。
あいつは、どんな気持ちでこの歌を創ったんだろうな。
おそらくは自分と同じ想い人のイメージなのだろう、切ないバラード。
きっとこんな曲には、豪華なオケではなく、ギター一本のアコースティックな方が似つかわしい。
ピアノだけで歌うのもいいな。明日、秋都に相談してみよう。
半ば無理矢理に音楽モードに頭を切り替えながら、翔は豪快にハンドルを切った。
*****
爽汰の家のテーブルは、おのおのがそれぞれ食べたいものを持ち寄ったせいで、さながらパーティーのような様相を呈していた。
ハンバーガー、タコ焼き、アイスクリームにフライドチキン――ほとんど子どもの誕生日会のノリだ。バースデーケーキがないのが不思議なくらいである。
そんなラインナップの中でも普通に自慢の味噌汁を出してくる爽汰には、尊敬の念を禁じ得ない。
「ひーさん、これ飲んで元気出せよ〜」
ハンバーガーにかぶりついている聖の前に、爽汰は半ば強制的にお椀を置く。
「無理矢理キライなもの食べさせるおかんみたい」
「そのメニューにはどう見ても合わんやろ」
非難轟々なのをものともせず、爽汰は満足げに笑みを浮かべた。
「食べながらで良いからさ、ちょっと聞いてもらっていいかな」
透はそう前置きをして、昨夜の話を手短に説明する。
「そーゆーことなら、オレは別に構へんよ。急ぐ必要もないし」
「うんうん。ひーさんのペースに合わせる!」
彼方と秋都は口々に言って食事を続けた。
爽汰は、考え込んだまま動かない。
「根岸くん……ひょっとして、今の話が理解できてない、とか?」
問われて、爽汰はわたわたと顔の前で片手を振った。
「いや、わかってるよ! ……たぶん」
透は仕方なく、今度は更に噛み砕いて説明をする羽目になった。
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