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第2部 18話

 その日のレコーディングは、昨日とは打って変わって順調に進んだ。  翔の提案でピアノの伴奏のみになったバラードも、評判は上々だった。 「これライブの時はどうする?」 「そりゃ、他のメンバーは休憩タイムやろ」 「え〜、オレも休みたい〜」  既にアルバム発売後のツアーに向けての意見も出始め、皆が高揚しているのがわかる。 「今度のツアーで、ライブハウスは最後かもな」  透の言葉に、翔はいまいちまだ実感が沸いてこなかった。 「いよいよホールになるのか……席、埋まるのかな」  前回のツアーは、都市部だけに限ればどの箱も早々とソールドアウトしていた。  地方でも、地元のラジオ局でプロモーションしたおかげでほぼ当日までには売り切っていたはずだ。 「まあ、まだ先の話だけどさ。でも俺は、いつかドームを埋められると思ってるよ」  そう言い切った透の自信ありげな顔に、翔は本当に出来そうな気がしてくる。  傍らの聖に目をやると、翔の顔を見て力強く頷いていた。 「ドーム、か」  未知の領域であるはずのその場所に、自分たちが立っているイメージ。  それがなぜかすんなりと想像できて、翔は自分でも驚いた。 「おい〜夢を語るのもいいけど、まずはアルバムを完成させないとダメだろ」  爽汰のセリフに、皆が一斉にツッコミ出す。 「爺にしては珍しくマトモじゃん」 「爽汰は金が絡むと途端にウルサくなるねん」 「やべ、あと二時間しかねーじゃん!」  その言葉に、ようやく全員が慌て始める。  翔は音源の入った端末を手に取ると、そっと廊下に出た。  自販機のほうに歩きながら、あの時聴いたかすかなメロディーを思い出す。  いつか、聖と一緒にドームで歌えたら最高だな。  その時には、貴久や佳祐、ボイトレのおじいちゃん先生も招待しよう。  そんなことを考えていると、背後で扉が開く音がした。  振り向くと、アコースティックギターを抱えた聖の姿がある。 「どうした? あ、こっちでアレンジ考える?」  翔が気を遣って屋上に続く階段を登ろうとすると、近付いてきた聖に服の裾を掴まれる。  目だけで問いかけると、彼はちいさく口を動かした。 「ごめん俺、読唇術はマスターしてないんだよなぁ」  からかわれたと思ったのか、聖が眉をひそめる。  薄く開いたくちびるは、いかにもやわらかそうだ。  あーーー、カワイイ。このまま屋上に連れ込んで抱きしめてキスしたい。  翔はなんとか理性を総動員させて、自身の欲求に逆らった。 「ひょっとして、ギターと歌を合わせたい、とか」  通じたことが嬉しいのか、聖はこくこくと首を動かして微笑む。  トール、ごめん。俺、我慢できる自信ないわ。  緩む口元を抑えながら、翔は天国へと続く階段に最愛の天使をエスコートする。  まだ、聖の歌声を聴くのは先の話かもしれないけど……今だって、俺はこうして一緒に歌うことが出来る。  夕暮れが近付く都会の空に、聖が奏でる旋律がとけてゆく。  あの山頂の景色とは違うけれど、そのメロディーは唯一無二の――世界一美しい歌声だと、翔は思った。

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