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第3部 2話

 仕事が終わると、聖はいつものバーに呼び出された。打ち合わせ結果の報告、という名目だ。  相変わらずサラリーマンで賑わっている店内で、マスク姿の聖は逆に目立っていた。  だが、人が多い上に乾燥する場所では、できるだけ喉を労りたいので仕方がない。  ボックス席の方に目をやると、さらさらのミルクティーアッシュがのぞいていた。  それを見て、聖はつい身構えてしまう。  翔から受けた告白の返事は、未だ宙ぶらりんのままだった。  本人から言い出してこないのをいいことに、聖はずるずると先延ばしにしてしまっている。    たぶん、お互いに結果は理解していた。  だからこそ、今のこの関係を壊したくなくて、触れないまま風化していくのを待っている状態なのだ。 「あ、聖。なにか食べてきた? 俺まだだから、一緒に頼もうか」  優しく微笑む顔に、胸がちくんと痛む。  向かい合わせに座ると、翔がすこし残念そうな表情になった気がして、更に心苦しくなってしまう。 「じゃあ、ハンバーガーで」  この店は、酒の種類と同じくらいフードメニューも充実している。  呑めないメンバーが多い聖たちのバンドにとっては、そういう意味でも都合の良い店なのだった。 「なんか、ふたりきりになると緊張するな」  翔は冗談めかして言っているが、実際は本音も含まれているのだろう。  ここでは弾き語りで間をもたせるわけにもいかず、お互いになんとなく黙りこくってしまう。  ギターなら、すぐに想いを伝えることができるのに。  ふとそんなことを考え、聖はちいさく首を振る。  どうあがいても、ヒトである以上は音楽でわかりあえるなんて幻想だ。  自分の意思を伝えるには、言葉が必要な時の方が圧倒的に多い。それは会話を拒否している間に嫌というほど思い知った。 「あれ~? まだひーさんと翔しか来てないんだ」  のんびりとした声が場の空気を和ませる。  救われた気持ちで、聖は秋都の方を振り返った。  当然のように隣に座る彼に、翔が鋭い視線を送る。 「彼方はまだバイトじゃねぇの?」 「そうなんだ。試験があるから休むって言ってた気がしたけど」  試験、という単語に過剰に反応してしまい、聖は気付かれないようにため息をこぼす。  復学の予定は一応あるのだが、実際のところ本当にまた以前のように通うことができるのか自信はない。 「試験ねぇ。あいつ、ちゃんと勉強してるのか?」 「失礼な。今日のテストは完璧やったで」  またしても背後から声がして、香水がふんわりと鼻腔をくすぐる。 「なんや、爽汰とトールはまだなんか。オレが最後やと思ったのに」  ぶつぶつ文句を言いながら翔の隣に座ると、彼方はにっこりと聖に笑いかけた。 「今日も相変わらず可愛いなぁ」 「ありがと……?」  いまいちどう返したものかわからず、聖はついお礼など述べてしまう。  その様子に周囲の人間が悶えているのを、本人だけが気付いていなかった。

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