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第3部 3話
「ねぇねぇ、落合さんが独立するってホント?」
聖の方に顔を近付けて、秋都が囁く。
「おれは、まだ何も聞いてないよ」
今日、佳祐に同じようなことを答えたばかりだな、と思いながら聖が言うと、あとの二人も反応した。
「CROWNを引き抜くって話やけど、そない上手くいくんかなぁ」
「あいつら売れてるもんな~。ドラマのタイアップも決まったんだろ」
わいわいと噂話に花を咲かせていると、食事が運ばれてきた。
「あー、ふたりだけずるい~。マスター、アイスクリームちょうだい」
「オレはビールな」
「こっちは焼酎で」
いつの間にかマスターの背後に立っていた透が、注文するなり彼方の横に座る。
「え、みんななんか頼むの? じゃ、オムライス」
スーツ姿の爽汰は、座る場所がないのでその辺でウロウロしていた。
「お前ら、相変わらずめちゃくちゃな注文するなぁ」
マスターは苦虫を噛み潰したような顔をして戻っていく。そう言いつつ断ったりはしないところが、この店の人気の秘訣なのだろう。
爽汰がようやく座る場所を空けてもらい、メンバー全員が揃った。
「さて。今日の打ち合わせの結果なんだけど」
リーダーを差し置いて透が話し出すことを、もはや誰も疑問に思っていない。
「やっぱり、根岸くんが会社員のままで所属するのは難しいってさ」
「そこかよ!」
一斉にツッコミが入り、爽汰はなぜか「いやぁ、まいったね」と頭をかく。
「ま、理由はそれだけじゃないけどね。どうしてもメジャーデビューするとなると、色々と制限が出てくるから」
「やっぱりさー、落合さんのとこに入れてもらった方がいいんじゃない?」
秋都の言葉に、透は首をひねる。
「独立の話って、まだ本決まりじゃないんだろ? それ待ってたらいつデビューできるかわからないぞ」
「先にレコード会社だけ契約する、って訳にもいかんのやろなぁ」
う~ん、と唸って黙り込む面々を眺めながら、聖はいまだにあまり実感が沸いてこない自分を感じていた。
途中から加入したということもあって、その辺の温度差は最初から確かに存在している。
ある意味、ひとりだけ客観的な立場からバンドを見ることが出来るので、透からはよくアドバイスを求められているのだが。
「聖はどう思う? 俺としては、出来れば次のツアー前には決めておきたいんだけど」
案の定話を振られて、聖はずっと考えていたことを口に出した。
「例えば、だけど……本契約じゃなくて、マネージメントを委託するって形でやってみるとか?」
自信なさげな口調になってしまい、聖はつい透の顔色をうかがってしまう。
たしか佳祐のバンドがそういう形態だったはずなのを思い出して提案してみたのだが、詳しいことまではわからなかった。
「なるほどね。それなら割と自由もききそうだな。聖、ありがと」
優しく笑いかけられて、聖は胸が高鳴るのを感じた。
彼の役に立てたことが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
そんな自分を周囲に気付かれないように、慌ててハンバーガーにかじりついた。
「ひーさんの美味しそうだな~。オレも頼もうかな」
秋都はそう言うと、ちょうどアイスと酒を運んできたマスターに追加注文した。
「結局、酒を頼むの二人だけかよ」
ぶつぶつ言いながら戻っていくマスターに、聖は少し申し訳なさを感じる。
だが、透から「絶対に外では酒を飲むな」と厳命されているのだ。
そういう透は、今日も見ていて気持ちのいい飲みっぷりだった。
いつか、ふたりでお酒を飲んでみたいな。
すいすいと盃を重ねる透の姿を眺めながら、聖はそんなことを考えていた。
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