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第3部 4話

 今日は翔も電車で来ていたので、皆で駅方面に歩く。 「あ、コンビニ寄ってこ」 「オレも〜」  途中で一人、また一人とメンバーが減っていき、最終的には透とふたりきりになった。  あまりこうして並んで歩くことがないので、聖は変に緊張してしまう。  それは透も同様のようで、なんだか足取りがぎくしゃくしていた。 「あの、さ。マネージメントの話なんだけど」  気まずさを埋めるかのように、透が話し出す。 「たしか松浪さんのバンドも最初はそうだったよね? 後で個人事務所を設立して」  さすがファンを公言しているだけあって、透は詳しかった。 「うん。今は解散したけど、スタッフのほとんどは落合さんと同じ会社で働いてるはずだよ」  エイジも、かつてはその個人事務所で佳祐のマネージャーをやっていたのだ。 「あの人、ホントに新しい事務所立ち上げるつもりなのかな」  独立するかもしれない、という話は、実は初めて会った時に直接本人から聞かされていた。  そもそも彼は、聖をマネージメントしたくて『EUPHORIA』への加入を進言してきたのだ。  さすがにそんな話は言い出しにくくて、聖はいまだに誰にもこの話はしていなかったが。 「透は、やっぱりメジャーデビューしたいと思う?」  今更こんなことを訊くなんて変かな、と思いつつも、聖はずっと気になっていたことを尋ねた。  ずっとインディーズで活動を続けるバンドもいる中で、メジャーに拘る理由は何なのだろう、と。 「俺、海外で演ってみたいんだよね。その為には、ノウハウのあるところに所属した方が良いと思ってて」  意外な答えに、聖は言葉に詰まってしまう。  だが、透の口調は真剣そのものだった。 「初めて、聖のギターを聴いた時にさ。お前となら、夢を叶えられるって……確信したんだ」  立ち止まった透は、そう言って聖を見つめた。  まっすぐ自分の瞳を射抜くその視線に、聖は目を逸らすことができなくなる。  近付いてきた透を黙って見守っていると、不意に右手に温かい感触が触れた。 「この手が、あのフレーズを奏でるんだ、って思った時……絶対に俺が護ってやるって、決めたんだよ」  愛おしそうに、聖の右手を自身の両手で包み込む透に、どうしていいかわからず戸惑う。  でも、ひとつだけ強く思った。自分は、ただ護られるだけの存在でいてはいけない、と。 「おれの手で……夢を叶えるサポートが、できるんだったら」  聖は、自身の左手を透の手に重ねた。 「これから先、ずっと……この手が奏でる音は、全部……透に、あげる」  瞬間、繋いでいた手が離れたかと思うと、聖は透の腕の中にいた。 「そんな殺し文句、その顔で言う? 俺、今ホントに心臓止まるかと思った」  抱きしめられた驚きと透の言葉に、聖は逆に鼓動が早くなったような気がしてくる。 「別に殺すつもりはなかったんだけど」  自分で言った物騒なセリフに、思わず笑ってしまう。 「あーあ、せっかくいい雰囲気だったのに、台無しじゃん」  透はそう言って、聖を抱いた腕に力を込めた。  くすくすと笑い合いながらも、お互いの心拍数が上がっていくのがわかった。 「俺、さ。翔に先を越されたってわかった時、めちゃくちゃ悔しくて」  一瞬、何の話かわからなかった聖は、透の胸に顔を押し付けられたままでいつものように首をかしげる。  だが、すぐにあの告白のことだと気が付いた。  まさか透が知っているとは思わなかった。  あの時も、自分は翔に抱きしめられて――その場面を彼に見られていたのは、わかっている。  でも、好きだと言われたことまで伝わっているとは。  呆然としている聖には気付いていない様子で、透は大きく深呼吸をした。  彼の緊張が身体越しに伝わって、聖も余計にどきどきしてくる。 「俺も……その、聖のこと、ずっと好きで」  告白と同時にようやく解放された聖は、恥ずかしさに思わずうつむいてしまう。 「たぶん、あの動画を観た時から、ずっと憧れてた」  動画。透の口から発せられたその単語に、聖は複雑な気持ちになった。 「でも、おれはもう……あんな声は出せないよ」  声が震えてしまった気がして、聖は下唇を噛みしめる。 「そんなの関係ないよ。俺は、今の聖の声も好きだし」  透の声も、こころなしかうわずってしまっているようだった。そのことに気付いた聖は、顔を上げて彼の瞳をのぞきこむ。  視線が合うと、透はやわらかく微笑んだ。 「俺は、聖の全部を……過去も、その声も、なにもかもひっくるめて好きなんだ」  その言葉に、聖はなぜか佳祐の面影を浮かべてしまった。透は、過去の二人の関係など何も知らないはずなのに。  彼が言う過去とは、声を出せなくなったことを指しているに過ぎない。  聖は、透からの告白を素直に嬉しいと思う反面、受け入れてしまっていいものか悩んでいた。  まだおれは、自分の気持ちに自信が持てないでいる。  まして、佳祐に会ってしまった後では。 「ありがとう。すごく、嬉しい。でも、まだ……その、突然すぎて、どうしたらいいか」  聖はゆっくりと、ひとことずつ考えながら言葉を紡ぐ。 「いいよ。俺は、ただ自分の気持ちを伝えたかっただけだから」  透はそう言って、聖の髪に手を伸ばしてきた。  軽くてのひらをのせて、ぽんぽんと――まるで、あのひとのように――動かす。 「ごめん」  聖は消え入るような声でつぶやいた。  それは、別のひとの影を未だに追い続けてしまうことへの、贖罪のようでもあった。

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