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第3部 5話

 透に告白された日の翌日、めずらしくエイジから電話がきた。 「聖ちゃん、ひさしぶり〜! あのさ、例の件なんだけど」  話の内容に見合わない陽気さで、エイジは今の事務所を退社して新しく個人事務所を立ち上げることを告げた。 「それでさ、蓮のとこもウチで引き受けることになったから」 「そう、なんですね」  あまり乗り気でなさそうな聖の相槌に、エイジは「あれ~、嬉しくないの?」ととぼけた返答をしている。  聖は、海外進出の話をしていた時の透を思い出していた。  自身の夢を話す、とても嬉しそうな顔。  エイジは当然『EUPHORIA』も自身の事務所に所属するものだと思っているはずだが、果たしてそれが透の夢を叶えてあげることに繋がるのだろうか。  聖は、彼の邪魔だけはしたくないと思っていた。 「あの、エイジさん……実は、おれ将来的に海外でツアーをやってみたいって思ってて」  もちろん、それは透の希望を叶えてあげたいからという意味なのだが、あえてそこには触れずにおく。 「あぁ、聖ちゃんアメリカ好きだもんねぇ。そこは大丈夫だよ。俺の今の仕事、知ってるでしょ?」  エイジは唐突な聖の申し出にも特に疑問を抱かなかったようだ。  そして、彼の仕事をまさか知らないとは言えず、聖は曖昧な返事で濁してしまう。 「その感じだとわかんないみたいだね……まぁいいや。ここんとこ、フェス関係で外タレのお世話したりしてるんだよ。だから、向こうのスタッフとも繋がりがあったりするわけ」 「ホントですか!?」  聖の食いつきっぷりに気を良くしたのか、エイジは詳しい仕事の内容を教えてくれた。  話を聞いていくうちに、これは早く透に教えてあげないと、と気が急いてくる。 「そっかぁ、聖ちゃんはアメリカでライブがしたかったんだね。よしよし、おにーさんがその夢をきっと叶えてあげるからね」 「え? あ、はい」  透に連絡することばかり考えていた聖は、エイジの言葉をロクに聞いていなかった。 「聖ちゃん、何か悩み事でもあるの?」  ダテに聖推しを公言しているわけではないエイジは、電話越しの声でも様子がおかしいことを察したようだった。いくぶん誤解が生じているようではあったが。 「そういうわけじゃ、ないんですけど」  言い淀んだ聖に、エイジは「よし、わかった!」と唐突に叫ぶ。 「電話じゃカワイイ聖ちゃんの顔も見れないし、今日これから会おう。そうしよう」  結局、いつものバーで落ち合うことに決まった。 「透も呼んで良いですか?」 「えぇ~、俺はふたりっきりの方が嬉しいんだけどなぁ。まぁ、聖ちゃんのお願いなら仕方ないか」  時間はメールで連絡を取り合って決めることにして、聖はそそくさと通話を終了する。  急いで透にメッセージを送り、ついでに時間を確認した。  今日はこれから、かかりつけの音声外科に行くことになっている。  いくら日常会話が可能になったと言っても、長く使っていなかった声帯の機能が衰えていることに変わりはないからだ。  それに聖は、出来ることならまた歌いたいとも思っていた。  彼が、今の自分の声も好きだと言ってくれたから。  ただそれだけを拠り所にして、聖はなんとか前に進もうともがいている。  そして、改めて自分は音楽が好きなのだと――喪ってもなお、あの音を追い求め続けているのだと、自覚し始めていた。  診察では特に異常は見つからず、音声治療を続けていくという結論でその日は終了した。  医師は声変わりの時期からずっと診てもらっているひとなので、聖が歌う意欲をみせたことを喜んでくれた。 「今でも時々、昔の君の歌声を聴いてみることがあるんだよ」 「え……先生、音源を持っていらっしゃるんですか?」  意外な言葉に、聖は慌てて聞き返す。 「治療の助けになるなら、と君のボイストレーニングの先生から預かったんだ」  まだボーイソプラノだった頃、聖にはソロアルバムをリリースする話が持ち上がっていた。  当時レコーディングした曲がいくつかあったのだが、運悪く声変わりのタイミングが重なってお蔵入りになっていたのだ。 「こちらで所持していたものは全て処分してしまったので……あの、ご迷惑でなければダビングをお願いしても良いですか?」  聖の申し出を快く引き受けた主治医は、次の外来診療時までに用意しておくことを約束してくれたのだった。

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