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第3部 6話
結局、エイジとの待ち合わせの時間は聖の診察が終わってすぐということになったので、そのままバーに向かう。
店に着くと、開店してからさほど時間が経っていないせいか、中はまだ閑散としていた。
マスターだけが忙しそうに動き回っているのが見える。
「こんばんは」
「おう、連れはもう呑んでるぞ」
その言葉通り、ボックス席には既に透の姿があった。
聖を見つけて爽やかに片手を挙げる仕草は、まるで青春ドラマの主人公のようだ。
近寄ってテーブルの上を見ると、ビールのジョッキが置かれていた。既に中味は半分ほど減っている。
おそらく、透は開店直後からここにいたのだろう。
聖は少し迷って、透の隣に腰掛けた。
一応バンドメンバーと事務所関係者の打ち合わせという形になるのだから、その方が自然な気がしたからだ。
透は驚いた顔をしたあと、嬉しそうに笑った。耳が赤くなっているところを見ると、どうやら照れているらしい。
告白されたばかりでまだ返事をしていないという気まずさは、不思議と感じなかった。
翔に対しては、申し訳なさのようなものがあってなんだかギクシャクしてしまうのだが。
「まさか、落合さんが海外のコンサートスタッフにコネがあるなんて思わなかったよ」
透もまた、エイジの仕事について詳しいことは知らなかったようだ。
「聖は、落合さんとは長い付き合いなの?」
「う〜んと……初めて会ったのは五年くらい前、かな?」
当時、エイジはまだ佳祐のマネージャーだった。
「そっか。案外、昔から知ってるんだな」
その声音に嫉妬の響きが含まれているのを感じ取って、聖はなんだかくすぐったいような、不思議な気持ちになる。
「……おれも、たまにはお酒頼んでもいいかなぁ」
グラスの中味を一気に呷っている透を見て、聖はぽつりとつぶやいた。
「だーめ。聖はすぐ酔っちゃうから。まして落合さんの前でなんて、もってのほか」
「えぇ〜。エイジさんとなら、お酒飲んだことあるし。すこしくらいいいでしょ」
すげない返事に、聖は少し拗ねてみせた。案の定、透は顔を真っ赤にして困っている。
「じゃあ、さ。話が終わったら、ふたりでどっか飲みに行く?」
ずいぶんと間を置いてから、透がそんな提案をしてきた。
昨日の今日で、またふたりきりのシチュエーション。
それはやはり、返事を期待してのことなのだろうか。
彼の真意が掴めなくて、聖はじっと透の瞳をのぞきこんだ。
「いや、その、変な下心とかは……全くないって言ったら嘘になるけど」
聖の視線の意味を誤解したのか、透は慌てて弁解を始める。
それでも本音を吐露してしまうあたりが実直な彼らしかった。
「いいよ、それで。じゃあ今はガマンする」
聖はそう言って、マスターにバナナジュースを注文した。
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