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第3部 9話

 成人男性の一人住まいにしては、透の部屋は綺麗に片付いている方じゃないかな、と聖は思った。  無造作に置いてあるようで、きっちりメンテナンスされているのであろう機材の数々。  壁掛けのギターハンガーに目をやると、見覚えのある一本が吊るされている。 「これ、ウチに預けてたやつだよね」 「そうそう。店でメンテしてもらうの初めてだったから、仕上がってきた時は感動したなぁ」  嬉しそうに語る透に、聖は満足そうに微笑んだ。 「そのギター、おれが担当だったんだよ」 「マジで!?」  透は本気で驚いたようだった。 「きちんと手入れされてたから、そこまで大掛かりなことはしてないけどね」 「そっか~、これ、聖が……」  そうつぶやくと、透ははっと気付いたように聖を見る。 「そうだ、聖寒くない? 今エアコンつけたけど、良かったら、その……シャワーとか、使った方がいいんじゃないかなって」  言いながらだんだんとちいさくなっていく声に、聖は思わず笑ってしまう。 「透、意識しすぎ」 「そりゃするって。いや、変な意味じゃないけどさ。やっぱドキドキするじゃん、こういうの」  ぶつぶつと言い訳をしながら、透はバスルームに案内してくれる。 「あ、お風呂とトイレちゃんと別にあるんだ」  入った時から思っていたが、立地と間取りから考えると家賃もそこそこ高そうな雰囲気だった。  決してフリーターの一人暮らしの住居といった感じではない。 「ここ、元々は二人で住んでたんだよ。例の消息不明になった、前のギターのやつと」 「そうなんだ……」  湧き上がる嫉妬心に、聖は自分で驚いた。  言ってみれば、そのギタリストが抜けてくれたおかげで透と出逢えたわけで、むしろ感謝しなくてはいけない相手なのだが。 「だから、今ちょっと経済的に厳しいんだけどね。なかなか他に良い物件が見つからなくて」  まさか自分は親の仕送りでタワマンに住んでいるとは言えず、聖は押し黙った。  透はそんな彼の様子に気付かないまま、棚からバスタオルを出したり、あれこれ世話を焼いている。 「着替えは適当に持ってくるよ。脱いだ服は、とりあえず全部このカゴに入れて。あとで一緒に洗濯しちゃうから」  てきぱきと指示を出す透を眺めながら、聖はまた笑いがこみ上げてきた。  今度は、彼の姿がまるで母親のようだったからだが。 「ほら、笑ってないでさっさと入る」 「はぁい」  紳士的な彼は、返事を聞くとすぐに戻っていった。  めちゃくちゃベタな展開だなぁ。ほんと、マンガかドラマみたい。  このままだと変な妄想をしてしまいそうで、聖は慌てて服を脱ぐとバスルームに飛び込んだ。 「うわあ……予想はしてたけど、やっぱりこのシチュエーションはヤバいわ」  聖のすぐ後にシャワーを使った透は、着替えて出てくるなりそんなことを言った。  思ったことを声に出してしまうあたり、意外と爽汰とは似た者同士なんだな、などと聖は考えてしまう。  明らかに借り物感満載のオーバーサイズのスウェットを着た聖は、これまた借り物のタオルで髪をがしがしと拭いた。 「こら、もっと優しくしないと痛んじゃうよ」  ソファに座った聖の後ろに回り込むと、透は彼の持っていたタオルを取り上げた。  そのまま、ふんわりと頭の上にかぶせる。 「その格好で、下は何も穿いてなかったら完璧なんだけどな」  丁寧に聖の髪を押さえて水気を取りながら、透がつぶやく。 「透、恋愛マンガの読みすぎだよ。おれはそんなあざといの、逆にヤだ」  冷静に反論されて、透が背後で苦笑するのがわかった。 「いやいや、聖がそれ言う? ……あ、お前のは天然だから良いのか」 「なにそれ~」  聖の質問は、ドライヤーの音にかき消された。 「ありがと」  すっかり乾いた頭を振ると、聖は透に手を差し出す。 「交代しよ? 今度は、おれがやってあげる」 「ヤベェ、これ新婚さんみたいじゃない?」  ばか、と笑いながら言うと、ふたりは場所を交代する。  黙って透の髪に触れながら、聖はいつ告白の返事を切り出そうか考えていた。

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