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第3部 11話
いつの間に雨があがったのか、カーテンが開いたままの窓からは欠けた月がのぞいている。
透の肩越しにその光景を見ながら、聖は言葉を紡いでいた。
「透は、ただ気持ちを伝えたかっただけって言ってたけど」
ぎゅっ、と缶を持つ手に力を込める。冷たくて硬質な感触のおかげで、聖はかろうじて冷静さを保っていられる気がした。
「おれは……その、やっぱり、ちゃんと返事をしたいって、思ってて」
じっと瞳の中をのぞき込むような透の視線は、自分の感情を見透かしているようだ。
口にする文字の羅列だけでは、この感情の全部は伝えきれそうもなくて。でも、他に良い方法が思いつかない。
聖はもどかしい思いで、必死にこの場にふさわしい言葉を探す。
「おれも……透のことが、すき」
結局、なんの工夫もないひとことになってしまった。
一瞬、眼前の透が驚いた顔をしたかと思うと、すぐに照れくさそうに笑った。
今夜の月と同じ、綺麗なかたちの瞳が、聖をまっすぐに見据えている。
「嬉しいよ、ちゃんと伝えてくれて」
そう言うと、透は聖の手にあった缶を持ち上げてテーブルにそっと置いた。
優しく引き寄せられて、腕の中におさまる。
「なんか、夢みたいだ」
「……夢じゃ、ないよ。おれは、ちゃんとここにいる」
おずおずと、透の背中に手を伸ばす。すると、彼の腕に力がこもった。
「ごめん、このままだと俺、自分を抑えられる自信ないわ」
耳元でつぶやくと、透は勢いをつけて身体を離した。
聖の肩に両手を置いた姿勢で、じっと瞳を見つめる。
「聖のこと、大事にしたいんだ」
真剣な顔で言われて、聖は顔が熱くなるのがわかった。
「今夜は向こうのベッドで寝て。俺はここでいいから」
彼の言わんとしていることは理解できる。でも。
「ありがとう。透の気持ちはすごく嬉しい、けど……せっかく両想いってわかったんだし、このまま別々で寝るのも、寂しいよ」
「この、天然小悪魔め……」
透は苦笑して、聖のほおをつまんだ。
「いた〜い」
実際はそこまででもないのだが、聖は形だけ抗議してみる。
「そーゆーの、蛇の生殺しって言うんだよ」
「だめ? 一緒に寝ちゃ」
透は手を離すと、がっくりと肩を落とした。
「聖は、どうあっても俺を萌え殺しにかかるんだな……」
「そんなつもりじゃないけど」
聖としても、この状態で同じベッドに入って無事に済むとは思っていない。
それでも、一緒にいたいという気持ちの方が勝っていた。
「本当にいいの? どうなっても知らないよ」
根負けした透は、そう言って聖の手を取る。
「逆に、どうなるのか知りたいな」
「聖ってさ……ナチュラルボーンキラーとか言われない?」
「それじゃ殺人鬼じゃん」
透はちいさくため息をつくと、聖と手を繋いだままで立ち上がった。
「でも俺、ずっと聖と一緒にいたら、マジで近いうちに心臓発作で死ぬと思う」
「ひど〜い」
透は軽く手を引いて聖も立たせると、今度はいったん離した手を上向きに差し出した。
「では、姫様。寝室までエスコートさせていただきます」
「こっちの方がいいな」
そう言うと、聖は透の腕に自分のそれを絡ませる。
「いっそお姫様抱っこする?」
「それは却下」
照れ隠しに戯れながら、寝室になだれ込む。
腕を組んだ状態のままでベッドにダイブすると、なんとなくお互いに顔を見合わせた。
「やっぱダメだ。もう寝るしかない」
透は唐突に言い放つと、布団の中にもぐり込んだ。
「寒いよ〜、透」
聖がそう言って身体を寄せると「マジ無理、死ぬ」と言いながらも抱き寄せてくれる。
「ふふ、あったかい」
透の胸に頭を擦り寄せると、がっしりと抱きかかえられた。
「ずっとこうしててやるから、寝ていいよ」
耳元で囁かれるのがくすぐったくて、思わず笑ってしまう。
「ありがと。おやすみなさい」
これ以上困らせるのも悪いな、と思った聖は、おとなしく瞼を閉じた。
不意に、額にかかる髪をかきあげられる。次の瞬間、透のくちびるが触れるのを感じた。
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