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第3部 12話

 どこか遠くで、懐かしいメロディが鳴っている。  昔、よく聴いたような。  ……あれ。ここ、どこだろ?  ようやく目覚めた聖だったが、一瞬、自分のいる場所がわからなくて混乱してしまう。  目の前には、すやすやと寝息をたてる透の顔。    そっか。昨日、透の家に来て……。  記憶を呼び起こしながら、透の寝顔を眺める。  寝ている時までカッコイイなんてずるい、なんて思いながらじっと見ていると、うすく瞼が開いた。  と思うと、すぐにまた眠ってしまう。  聖は、彼を起こさないように細心の注意を払いながらベッドを出た。  携帯を開いて、通知とスケジュールを確認する。  今日は午後からバイトが入っているが、まだ時間に余裕はありそうだった。  もう一度ベッドに戻ろうか迷っていると、布団がもぞもぞと動いた。 「聖……?」  いかにも寝ぼけています、といった感じの声で名前を呼ばれ、聖はベッドに近付く。 「透、おはよ」  声をかけるが、透の返事はなかった。  どうやら、彼は相当寝起きが悪いらしい。 「お〜い、起きろ〜」  布団を引き剥がすと、機嫌の悪そうな顔が現れた。 「いま、何時……?」  目をしょぼしょぼさせて聞いてくるのがなんだか可愛くて、聖はにっこりと笑った。 「もうすぐ九時だけど。透、今日バイト?」  聖の問いかけに、透はぼんやりとした顔のまま動きを止めた。  ベッドに腰掛けた聖は、固まったままの彼の頬をぺちぺちと叩いてみる。 「あー、今ちょっと仕事してなくて……」  されるがままの透は、そう言うとまた目を閉じてしまう。 「こら〜、二度寝禁止だよ」  肩を持って揺すってみる。ようやく起きた様子の透は、聖の手を取って自分の方に引き寄せた。  覆いかぶさるような姿勢になり、聖は恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。 「カワイイ」  悪戯を思いついたような顔をした透が、聖の両頬に手を添える。そのまま、むぎゅっと左右から押した。 「やっぱり、聖のほっぺたって柔らかいなぁ。おもちみたい」  急にそんなことをされて対応に困った聖は、仕方なく黙ってやり過ごすことにする。  ひと通り感触を楽しんだ透がようやく手を離してくれたので、身体を起こして座り直した。 「透って、寝起きサイアクなんだね……」 「よく言われる」  やっと覚醒した透が起き上がり、ベッドの上で聖と向かい合う形になった。 「俺、この状況でよく耐えたなぁ……」 「なに言ってんの」  呆れた感じで言ってみると、透はふてくされた顔をした。 「でも、良かった。夢じゃなくて」  ぽつりとつぶやくと、聖の顔を見てにっこりと笑う。 「まだ言ってんの? そんなに信じられないなら……」  そう言うと、聖は透の頬をつまんでぐいっと引っ張った。 「イテテ。そこまで力入れなくてもいいって」  苦笑しながら、透も聖の頬にふたたび手を持っていく。そのまま、ふに、と優しくつまんだ。 「すげー、めっちゃ伸びる。おもしれー」 「もう、おもちゃじゃないんだから遊ばないでよ~」  怒ってやりたいのだが、透の顔があまりにも嬉しそうで、ついこちらも笑顔になってしまう。 「俺、幸せすぎてヤバイ」 「ふふ。おれも……いいのかな、こんな……」  言いかけて、聖はふと我に返る。  幸福を感じることへの罪悪感。でも、それはいったい何に対してなのだろう。  意識の底から浮かんできそうな感情を、聖は無意識に押し殺していた。    もう、哀しい想いはしたくなかった。  目の前の優しい彼に、全てを委ねてしまいたかった。  聖は、嫌な考えを振り払うように、目の前の恋人に抱きついた。

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