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第3部 14話

 エイジとは、バイト終わりに一緒に夕食を摂ることになった。もちろん透も一緒だ。  今日はいつものバーではなく、エイジの馴染みの和食屋に個室を予約してあるらしい。  地下鉄を乗り継いで指定の場所に向かうと、店の前で透が待っていた。 「聖、ひさしぶり」 「半日ぶり?」  透とは、なんだかんだであれからほぼ毎日顔を合わせているのだ。  くすくすと笑い合いながら店に入る。エイジの名前を告げると、奥の和室に案内された。 「なんか、すげー高そうな店だな」  店員が去っていったのを見送って、透がつぶやく。 「エイジさんの奢りだと思うよ……たぶん」  わざわざ呼び出したのだから、きっとそういうことなのだと聖は勝手に期待していた。 「いやー、聖の分は払ってくれそうだけどさぁ。俺は自腹とか言われそう」 「あるある」  そんな風に噂をしていると、部屋と廊下を隔てる襖が開いた。 「聖ちゃん、今日もカワイイね。会いたかったよ〜」  相変わらずの調子で入ってきたエイジの後ろに人影を見つけて、聖はそちらの方に顔を向ける。 「お久し振り。ふたりとも頑張ってる?」  現れたのは意外な人物だった。  爽やかな笑顔で部屋に入ってきた蓮は、楽器店で会った時よりもオーラが増している感じがする。 「うわ、蓮くん! すっげー久し振り!!」  透は驚きと喜びが交じった歓声をあげて立ち上がると、蓮と握手をかわした。更に拳を合わせ、最後にはなにやら手をひらひらと動かしている。  聖もつられて立ってしまったが、どうしたらいいのかわからず、とりあえずぺこりとお辞儀をしてみた。 「まぁまぁ、三人とも座って。実は、今日は西村たちにお願いしたいことがあってさ」  エイジはあぐらをかくと、運ばれてきた水をひとくち飲んだ。  聖の正面に座った蓮は、輝くばかりの白い歯を見せて笑っている。 「お願いしたいこと、ですか」  いぶかしげな表情の透が問うと、エイジの代わりに蓮が答えた。 「そう。『CROWN』メジャーデビュー後初のホールツアーで、『EUPHORIA』にオープニングアクトとして出演してもらいたいんだ」 「オープニングアクト……」  確かに現状は、バンドの力関係から考えても『EUPHORIA』の扱いはそんなものなのだろう。  だが透はすでに、次の自分たちのツアーは最後のライブハウスになると公言している。 「申し出はありがたいんですけど……ホールでのライブは、自分たちのツアーで実現させたいんです」  真剣な顔で話す透に、蓮は「やっぱり」と苦笑した。 「ま、予想してた答えだけどね。でも、場数を踏むのは悪いことじゃないし。バンドにとっても、良い経験になると思うよ?」  蓮の言うことも一理ある。だが、透はどうにも納得がいかない様子だ。 「聖ちゃんはどう思う?」  エイジから急に話を振られて、聖は戸惑った。 「おれ、も……透と、同じです」  正直、透ほどの固い決意はなかったが、やはり同じバンドメンバーとして志は一緒でありたい、と思う。 「でもさ。キミが『EUPHORIA』に加入したのって、彼らをメジャーデビューさせるのが目的だったわけでしょ。それなら、関係者へのお披露目も早めに済ませた方が良いんじゃないかな」  蓮の言葉に、聖は固まった。まさかこの場で、そんな話が飛び出すとは思っていなかったからだ。 「蓮くん、それ、どういう意味?」  透は話の筋が読めないらしく、眉をひそめて蓮の顔を見ていた。 「あー、それは俺から説明するわ。もともと聖ちゃんを西村たちに紹介したのは、彼を世に送り出すためのプロジェクトの一環だったんだよ」 「プロ、ジェクト? それって……」  透は、訳がわからない、といった顔をして聖を見た。その視線に耐えられず、ついうつむいてしまう。 「いや〜、聖ちゃんの才能は埋もれさせておくには惜しいからねぇ。かといって、インストのギターソロだけでデビューするのは、このご時世だと厳しいから」  調子に乗って話し続けるエイジとは対照的に、透は一言も発しない。  恐れていた事態に、聖はどうしたらいいのかわからず、ただ黙って下を向いていた。 「落合さんが、俺に聖を紹介したのって……俺らのバンドを利用して、こいつをデビューさせようと思ってた、ってことですか」  透の普段とは違う低い声に、聖は身体の芯が凍りつくようだった。 「そういう言い方は語弊があるなぁ。実際、西村たちはメンバーが抜けて困ってたんでしょ。お互いにメリットがあったわけだから」  エイジは、場の空気が不穏なものになっていることを察して、透を宥めようとしていた。  だが、当の透は眉間にしわを寄せたまま考え込んでいる。  聖はなんとかしたい気持ちはあっても、言葉が出てこない。 「すみません。なんか、頭が混乱してて……ちょっとこの話、持ち帰っていいですか」  透が冷静になろうと努めていることを感じて、聖はいたたまれない思いがした。  一体、いつから歯車が狂ってしまったのだろう。  ほんのちいさなボタンのかけ違いが、いつの間にかおおきな溝を作ってしまうような、嫌な予感が頭をよぎる。    なんとか、誤解を解かなくちゃ。  そうは思っても、聖は透にかける適切な言葉を見つけられないでいた。

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