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第3部 19話
あの時と全く同じ状況に、聖は悲壮な決意をなんとか固めようと努力していた。
上のスウェットだけを着た状態で先程から脱衣所に立ち尽くし、ずっと逡巡を続けている。
どうしよ……でも、やっぱり下着もつけないっていうのはハードル高すぎるし。
はたから見ると馬鹿馬鹿しい光景かもしれなかったが、本人にとっては清水の舞台から飛び降りるような気持ちである。
散々迷った挙句、とりあえず聖は下着だけは穿くことにした。
「聖? あ、悪い。遅かったから心配で」
脱衣所に顔を出した透は、まだ聖が着替えている途中だと勘違いしたのだろう、ふたたび顔を引っ込める。
聖は、この機を逃すまいと彼の前に飛び出した。
「え、あれ? 俺、下持ってくるの忘れてた?」
更に勘違いしている透を見上げ、彼の服の裾をきゅ、っと握る。
しばらくの間みつめ合って、ようやく透は事態を察したようだった。
「……ベッド、行こうか」
そうつぶやくと、透は不意に身体をかがめる。次の瞬間、聖の身体が宙に浮いた。
驚いた勢いで腕を伸ばし、そのまま透の首に絡めてしまう。すぐ側に顔があるのが恥ずかしくてうつむくと、彼の首元に自分の頭を押し付けた。
透の腕の中で揺られながら、聖はそのぬくもりに身体を委ねる。
恋い焦がれていた場所。こんなにも安心できるところなんて、もう他にはないと思う。
まるで壊れものをあつかうように、ベッドにそっと降ろされた。
自身の白い脚が露わになっていることに気付き、聖は服の裾を下に引っ張る。
抱き上げられていた時はそれどころではなくて意識していなかったのだが、自分で決めたこととはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
透はエアコンを付けて戻ってくると、聖のすぐ横に座る。
「寒く、ない? 布団に入る?」
透がそう言いながらも、ちらちらと自分の脚に視線を送ってきているのがわかって、聖は首を横に振った。
彼に喜んでもらいたくて、わざわざこの姿にしたのだ。
しばらく沈黙が続き、やがて透は床に目を落として話し出す。
「さっき、翔から超長文のメールが来てさ。すげー怒られた」
ぽつりとつぶやいた透が、思い出し笑いをした。
「あいつの言う通りだよ。俺は、ずっと怖かったんだ。それに……自信がなかった。自分は聖に相応しい人間なのか、って。だから、情けないとことか見せるのが嫌で」
ぽつぽつと静かに語る透が、膝の上に置いた自分の拳をぎゅっと握りしめているのが見える。
「でも結局、お前やみんなに八つ当たりしてるんだから、意味ないよな。ホント自分でもコドモかよって思うわ」
自嘲気味な笑みを浮かべた透は、そう言って顔を上げた。
「本当はさ、あの後お前のとこ行こうと思ってたんだよ。翔が住所教えてくれてたし」
天井を見上げた透の、先程よりもはっきりとした声。
「聖を見つけた時……すごく驚いたけど、めちゃくちゃ嬉しかった」
透の手が、そっと自分の手に重なる。
聖は、言葉を発しようと口を開いた。だが、それはかすかな風の音になって消えていく。
もどかしい気持ちを持て余して、透の肩に顔を寄せた。
この触れ合った箇所から、自分の想いが全て彼に伝われば良いのに、と思う。
いとしさも、せつなさも、痛みさえも――なにもかも共有して、溶け合えてしまえたら。
彼が生み出す詩 に乗せて、ふたりが奏でる旋律のように。
優しく引き寄せられて目を閉じる。
頬に感じる、彼の掌のぬくもり。
そして――ふたりのくちびるが、重なった。
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