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番外編 sota 第3話

 破格の値段で高級メーカーのヴィンテージギターを手に入れて、爽汰はご満悦だった。  今日は久し振りのスタジオで、ツアーのリハーサルをやることになっている。  張り切って有給を取った爽汰は、他のメンバーより早く到着した。  ベースと同じ弦楽器とはいえ、やはり慣れないギターは難しい。爽汰はタブ譜を睨みながら、ツアーで披露する予定の曲を必死で練習していた。 「根岸くん、おはよ。今日は早いんだね」  ふんわりと甘い匂いがして、聖が隣に座る。 「っス。やっぱ、すこしでも練習しときたくてさ。全体リハ始まったら、そんなにギターばっかり触ってられないし」 「えらいえらい」  よしよし、と頭を撫でられる。一応は自分の方が年上なのだが、ギターに関していえば聖は大先輩なのだ。 「でも、ライブで根岸くんの弾き語りが聴けるのはファンの子も嬉しいと思うよ」 「そうかな?」  ベース、という一般的には地味と言われるパートのせいか、ファンの数だけでいえばフロントマンの翔やギターの透には勝てる気がしない。  だが爽汰には、結成当初から応援してくれているような、一途な固定ファンが多かった。 「ふふ、一番のファンはおれかもしれないけど」  意外なセリフに、爽汰は驚いて聖の顔を見る。 「それ、どういう意味?」 「そのまんま。おれ、根岸くんの歌声好きだもん」  可愛らしく首をかしげながらそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。 「マジで? ほんとに? え、ほんとにマジで?」  我ながら驚異の語彙力のなさに呆れてしまうが、爽汰は舞い上がりすぎて自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。 「マジマジ。特に、新しいアルバムのソロ曲が気に入ってて。だから生で毎回聴けるのが楽しみなんだ」 「へぇ~、あ、そうなんだ。ふ~ん……」  今度はなんだか照れくさくなってきて、爽汰はつぶやきながら譜面に顔を戻す。 「でも、弾き語りに挑戦するなんてすごいよね」 「いやー、そうは言っても、これめっちゃ簡単なコードばっかだからな」  爽汰がチャレンジしている曲は、聖のアドバイスによってかなり簡略化されていた。  原曲の前半は聖のギターのみの演奏になっていて、それを弾き語り用にアレンジし直しているのだ。 「まぁ、根岸くんはもともと歌が上手いし、意外となんとかなると思うよ。練習熱心だしね」 「……なんか、今日のひーさん優しすぎて逆に怖いわ」  普段は割とぞんざいな扱いを受けているので、急に称賛されると警戒してしまう。 「せっかく素直にほめてあげてるのに~」  聖は、ぷくっと頬をふくらませると立ち上がった。そのまま爽汰の後ろに回り込む。 「さっきのとこはね、こう押さえるの」  そう言いながら、バックハグの状態で爽汰の手に自分の手を重ねてきた。 「わっ、ビックリした」  爽汰の長い指に、やわらかな感触が触れる。急に心臓が暴れ始めて、爽汰はますます上手くコードが押さえられなくなってしまう。  甘い香りと背中に感じる体温。とても集中できる状態ではなかった。 「ひーさん、ちょ、ちょっと離れて」 「あ、ごめん。邪魔になっちゃったかな」  申し訳なさそうに謝られて、余計に慌ててしまう。 「いやいやいや、全然いいんだけど。いいんだけどさ、なんつーか……なんか変な気分になって練習にならないっていうか」 「根岸くんなに言ってんの」  いつもの調子に戻った聖は、笑いながらまた隣に移動した。 「だってさ。ひーさんから超いいニオイするし。なんか手はふかふかで気持ちいいし」  言いながら、顔が熱くなっていくのがわかる。 「そんな雑念があるようじゃ、まだまだだね~」  にこにこと笑いながら顔をのぞき込まれて、爽汰は思わず横を向いてしまった。 「あ、根岸くん照れてる~カワイイ~」  弱みを握った聖の声は、本気で嬉しそうだ。 「西村の苦労がわかった気がするわ……」  最近のふたりがやたらといちゃいちゃしているのはもう見慣れてしまったし、なんなら羨ましいとさえ思うこともあった。  だが、いざ当事者になってみると意外にしんどい。 「透の弾き語りも味があっていいよね」  ギタープレイの話だと勘違いしたらしい聖は、そう言って天使の微笑みを浮かべた。

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