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番外編 toru 第4話

 近所のコンビニに行くのも気が引けた透は、バイクを飛ばして深夜営業の量販店に向かった。  お目当ての物だけをレジに持っていくのはなんだか恥ずかしくて、ついあれこれと他の商品も一緒にカゴに放り込む。  透は照れくさいような、不思議な気分に包まれながら店を出た。  意気揚々と家に戻った透は、リビングに入った途端に飛んできたクッションで顔を強打した。 「ごめん……やっぱ、怒ってるよな」  置き去りにされた聖は、大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、ぷっくりと頬をふくらませていた。  買ってきた荷物を床に放り出して抱きしめると、なかなかの力で身をよじらせて抵抗される。 「ほんと悪かったって。あのさ、俺こんなことになるなんて思ってなかったから、何も準備してなくて」  透のセリフに、聖の動きが止まった。そっと顔をのぞきこむと、真っ赤になってうつむいている。 「許して、くれる?」  こくりとちいさくうなずくのを確認して、透は身体を離した。上着を脱いで荷物を拾うと、テーブルに置く。 「飲み物とかも買ってきたからさ。とりあえずこれ飲んで……今夜は、もう寝よっか」  ソファに座った聖が首をかしげているのを見て、透は苦笑する。 「明日、病院に行くんだろ? デカイとこって待ち時間長いしさ。身体が痛くなったりしたら、大変かなーって」  その意味を汲んだのか、聖は複雑そうな顔をして考え込んでしまった。あまりにも愛らしいその姿に、透は顔がにやけっぱなしだ。 「その、続きは明日帰ってきてからで、と思って。あ、そうだ。聖が好きそうなお酒見つけたんだ」  袋から取り出したまだ冷えている缶を頬に押し当てると、びくっと身体を震わせた聖がふたたび頬をふくらませた。 「俺も飲もうっと。これさ、果汁百パーとか書いてあるから、ほとんどジュースみたいなもんだよな」  つい舞い上がって饒舌になってしまっているのを感じながら、透はプルトップを開けた。そのまま、ごくごくと一息に飲む。  聖はおそるおそるといった感じで口を付けたが、ひとくち飲んでにっこりと笑った。  アルコール度数四パーセントな上にグレープフルーツの味が強いので、透にとってはあまり酒を飲んでいる感じはしない。 「聖のはリンゴ? ちょっとちょうだい」  そう言うと、なぜか聖は固まった。そして、何かを決意したかのようにぐいっと缶を呷ると、透の方に向き直る。  彼が何をしようとしているか察して、透はこころもち顔を傾けた。  やわらかな手が両頬を包み、真剣な顔をした聖がくちびるを合わせてくる。うすく口を開けると、甘い雫が喉まで伝った。 「口移しって、案外難しいんだな……」  飲み干した透が妙なことに感心していると、隣の聖がほう、っとちいさく息をついた。  こういちいち仕草が愛らしいと、冗談ではなく本当にそのうち心臓がもたなくなる気がしてしまう。 「やっぱ天性の小悪魔なんだな、俺の恋人は」  主導権を握れたことに満足したのか、聖は機嫌を直して透が買ってきた商品を物色している。 「いまいち何が必要なのかわかんなくて、適当に買ってきたんだけど」  怪しげなボトルを手にとってしげしげと眺めている聖の様子に、透の中でふと妙な疑問が湧き上がってきた。    聖って、経験あるのかな。でもこれだけ可愛かったら、周りのヤツらが放っておかないだろうし。  いまさら過去の恋愛に嫉妬するのも男らしくなくて嫌だったが、気にならないといったら嘘になる。  かといって本人に問い質す勇気はなくて、透は黙ってチューハイを飲み干した。

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