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番外編 toru 第6話

 メンバーとは病院で別れ、透は翔に教えてもらった住所を頼りに、聖の自宅に向かった。  今夜も自分の家に泊めるつもりでいるが、着替えなどが必要だろうと思ったからだ。  もちろん、翔から聞いた話も無関係ではない。 「すげー……」  どう見ても高級そうなその建物を、透は呆然と見上げた。  バイクから降りた聖に先導され、マンションの玄関に向かう。  コンシェルジュ、というのだろうか。上品な雰囲気の初老の男性がふたりを出迎えると、駐車場に案内してくれた。  バイクを停めるとそのまま建物の中に入り、豪奢なロビーからエレベーターに乗り込む。 「あの、さ。さっき翔から聞いたんだけど」  箱の中でふたりきりになると、透は先程の話を切り出した。  聖はひととおり話を聞いてから、口を開く。まだ囁くような声しか出せないらしく、透は顔を寄せた。 「最初は、松浪さんと住んでたけど。いまは、ひとり」  前半のインパクトが強すぎて、ひとりの部分はほとんど頭に入ってこなかった。 「そっ、か。一緒に住んでたんだ……うらやましー」  茶化すことしか出来ずに、透は受けたショックをなんとか笑って誤魔化す。  扉が開いて、聖が先に降りた。立ち止まったままの透を不思議そうに見る。 「あ、ごめん」  恋人の部屋を訪ねるという高揚感は、すっかり失われていた。  案内された部屋は、必要最低限なものしかないといった感じで意外とあっさりしている。  聖が荷物を用意している間リビングで待たせてもらうことになり、いかにも高級そうな革張りのソファに座った。  あきらかに自宅のものとは座り心地が違って、透は驚いてしまう。  良く見ると、他の家具も少ないながらかなり上質なものであることに気付いた。  おそらく、佳祐と同居していた頃のままなのだろう。  しかしそう考えると、この部屋は恋人と同棲していたにしては素っ気なさすぎる気がした。  なんというか、生活感が皆無で、住民の顔が見えてこないのだ。  しばらくすると、ティーセットの載ったお盆を持って聖が姿を現した。 「あぁ、そんな気遣わなくて良かったのに」  重そうなのを見かねて受け取ると、テーブルに置く。  まるで詳しくない透でさえも、ぱっと見ただけでブランド物だとわかるような茶器である。 「これ、すごく良い匂いするな」  きっと茶葉も高級なものなのだろう。ひょっとしたら、佳祐の趣味なのかもしれない。  透はかいがいしく世話を焼いてくれる聖の姿を眺めながら、ちいさく頭を振った。  なにかと邪推してしまう自身の感情を鎮めたくて、聖の手を取る。  先程から透の様子がおかしいことに気付いていたのだろう、彼は問いかけるように首をかしげた。 「……俺、いま松浪くんにめちゃくちゃ嫉妬してる」  その言葉を聞いた途端、聖の顔が歪んだ。みるみるうちに瞳に涙が溜まっていく。 「あのひととは、なにもなかったから」  そこに含まれたある種の諦めのような響きに、透は敏感に反応する。  続きを促すように、触れた手を握りしめた。   「おれが一方的に憧れてただけだよ」  重なった手に視線を落とし、聖は静かに涙を流していた。透がそっとその雫を空いた方の手で拭ってやると、かすかに口元が笑みを浮かべた。 「あと、ね。透を好きになって、気付いたんだ」  聖はそう言って顔を上げる。その瞳に映る透の姿が揺れていた。 「あのひとが離れていった時は、ただ悲しくて……でも、それだけだった。追いかけようとか、どうしても失いたくないとかまでは、思わなかったんだ」  儚い笑みを浮かべる彼が愛しくて、たまらず細い身体を抱きしめる。 「いまは……またひとりに戻るのが、怖くて仕方がない。透がいない世界なんて……考えたくないよ」    背中にまわされた細い腕。透の服を掴んだ指が、ぎゅっと布を握りしめる感覚。 「だから、もう離さないで。ずっとそばにいて」  振り絞るような声がまるで全身で叫んでいるように思えて、透はただ震える細い身体を強く捕まえていることしかできなかった。

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