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ー下界
「情けを、掛けるな…」
滞る下界に、響く、低いバリトンの声音。
「一つ、残らず狩れ!さぁ、ショータイムの、始まりだ…」
男の、命令に、黒い羽根を、生やした者達が下界に住む人間の魂を狩りに出かける。
不適な笑みを溢しながら、彼は、待っていた。
ー…人間が。
危険な状態だと知れば、彼等は、動き出す。
ー…長年と、続いてきた闘い。
早々に、停滞するなど有り得る筈もない。魔族は、遊ぶ事が好きだ。
人間を、甚振り、陥れ。
最後は…。
魂諸々と頂く。
これは、男にとっても。
狩りに行った者達にとっても。
遊戯の一貫にしか過ぎない。
雲から、降り注ぐ、大きな粒は、軈て、男を濡らしていく。
ブルーグレイ色の長い髪の先から滴る雫。
精悍な顔が、大人の色気を醸し出している。
「楽しい遊戯(ゲーム)にしようじゃないか…」
男は、高らかに嗤った。
天高く、聞こえる様に…。
これから、起こる不吉なクラッシックが、流れるのを、彼は、感じ取った。ショパンの代表曲とも言える『プレリュード』は、素晴らしくって、耳に残る曲だ。
興奮とも云えぬ、疼きが、体内から、じわりと、沁み出ていく感覚を覚えた。
今宵、勝算すれば…。
鮮血にも似たボルドワインを、飲むとしよう。
芳しく、ブラックチェリーの芳香が。
漂うに違いない。
赤ワインの中でも、最高級の物を、選ばせ。
ー…友と、一緒にお祝いだ。
アイツに…。
ピアノを、弾かせよう。
ショパンのプレリュードを。
聡明に、広がるオーケストラが、男の脳内に流れた。
指揮者が指揮棒(タクト)を振りかざし。
曲の始まりの合図をする。
まるで、運命を奏でているかの如く。
静寂な会場は、一斉に、壮大な音色が、響き渡り、圧巻された。
十九世紀あたりに。
一度だけ、拝見させてもらった事があった。
あれは、雨が、降り続く夜の事だった気がする。
不鮮明ではあるが、あれが“雨だれの前奏曲”だった様な。いや、プレリュードだったかも知れない。
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