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第4話 ミウラツバキの正体

「――困りましたな」  応接室の向かいのソファに座った教頭の言葉に、草薙警部はおや、と声を上げた。 「何か問題でも?」  立ち上がった教頭は、観葉植物の置かれた窓辺に行き、2階から学校の外を見下ろした。放課後のグラウンドに生徒の姿はなかった。  戻ってきた教頭は、革張りのソファに尻を沈める。牛乳瓶の底みたいな黒縁メガネと、ワイシャツの裾を留める長いアームバンド。役所の窓口に座っていそうなタイプだ。  大きくため息をつき、「それはそうでしょう」と教頭はいう。 「うちの生徒が、ヤクザ相手に売春してた――なんてね」    都心にある、中高一貫制の私立の男子校。  三浦 椿(みうら つばき)は、この学校の高等部の二年生だった。  草薙は、応接室のテーブルに置かれた学生名簿のなかにある、三浦 椿の顔写真を確認した。ずらりと並んだ顔写真のなか、ひときわ目を引く美しい少年。小さい写真ながら、右目の下に色っぽい泣きボクロがあるのが判別できる。  須長が殺された部屋のベッドカバーからは、二人分の精液が検出された。三浦 椿と須長が性行為を行っていたことは明らかだった。  部屋を借りていた会社は、事件が報道される前に雲隠れした。警察が家宅捜索に踏み込んだとき、事務所はもぬけのからになっていた。その後の調査で、その会社は、人材派遣業者となっていたが、ウラで風俗売春の斡旋と、アダルトDVDの販売を行っていることが明らかになった。  だが、草薙の関心は組織の実体より、三浦 椿その人にあった。  椿の通っているこの学校は、創立百年を超える名門校で、政治家や医者の息子など裕福な家庭の令息が通うことでも知られていた。そんなセレブ学校に通う少年がなぜ、売春をしていたのか。 「三浦 椿はどんな生徒でしたか?」 「どういう……ごくフツーの――目立たない生徒ですよ」  教頭の目が、わずかに泳ぐ。 「特に問題もなく?」 「――ええ、まあ。少し欠席がちなところはありますが……成績も学年100位以内に入っていますし、学内で問題を起こしたことはないです」 「……わかりました。では、親御さんは? 特に捜索願いなどは出されていないようですが」 「それは……」  教頭はしばしためらってから、 「……三浦は両親を早くに亡くしていて、現在は親戚の家に身を寄せているのです。母方の家で、三浦総合病院という医院を経営しています。息子さんたちも、うちの卒業生です」 「ほう。資産家なのですね」 「ええ。慈善事業もなさっている、たいへんな篤志家ですよ」  篤志家……  そんな連中が裏でアコギな商売に手を出している。そんなケースを、草薙はこれまで山ほど見てきた。    外に出た草薙は、空を仰いだ。  10月の夕暮れの空に、季節遅れのトンボが飛んでいた。

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