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第9話 愛されなかった少年
仙頭組の幹部、須長勇吉が射殺されてから、2カ月が過ぎた。
以前として容疑者は割れず、捜査は進展しなかった。
犯行当時、須長相手に売春していた三浦 椿の行方もいまだわからない。
そんなさなか、草薙警部は、椿の叔父の経営する総合病院を訪問した。
東京の一等地にあるその病院は、最先端の設備を完備する、ホテルのようにゴージャスな建物だった。
「あれ には、ほとほと手を焼いていましてね」
都心のビルディングを一望する一面ガラス窓の院長室で、椿の叔父の三浦 薫 は、白衣姿で大きくため息をついた。
「男のくせに売春など、三浦家の恥でしかない」
「……椿くんが自ら商売をしていたと?」
「おそらくそうでしょう。なにせ、あれの母親も、17で妊娠した、ふしだらな女でしたからね」
「………」
実の妹である椿の母親をなぜそんなにののしるのか、草薙には理解できなかった。
そこで、
「椿くんのお母さんは4年前、事故死していますね。あなたは当時13才だった椿くんを引き取った。……椿くんのお母さんは、10代のとき、留学先のロシアで椿くんのお父さんになる学生と出会い、椿くんを出産したのち破局。帰国し、ひとりで椿くんを育てていた。…‥‥そのあいだ、一切援助しなかったのは、あなたのご両親のお考えなのでしょうか?」
下調べしていた事実を単刀直入にぶつけてみた。
すると、薫は、ちがいます、と首を振った。
「……椿の母親――雅 が我々の援助を拒んだのです。子どもは自分ひとりの力で育ててみせると。仕事のしすぎで疲れて運転を誤ったというのが警察の見解でしたが――けっきょく、最後にあんなお荷物を残して死んだ」
「雅さんは――写真を拝見しましたが――とてもキレイな女性でしたね。椿くんによく似ている。……都営住宅で質素な生活をしながら、ひとり息子である椿くんをけんめいに育てていた。…‥立派だったのでは――と思いますよ」
「……何が――いいたいのですか?」
神経質そうな薫の眉が、ピクッ、と動く。
いや別に、と首を振った草薙は、
「ただ私は――椿くんは、周りが思うほど性に奔放な少年ではないのでは――と思うのです。もしかしたら根はピュアなのかもしれない。ただ――お母さん譲りの類まれな美貌ゆえに、誰かに利用されてしまったのかもしれない――と」
「ふん……」
いまいましげに首を振った薫は、
「とにかく、あれの話はもうけっこうです。どこで野垂れ死にしようか知ったこっちゃない。警察の方の手を煩わせるのも申し訳ありませんからね。捜索願いも出しませんよ」
そう吐き捨てるようにいった。
……ひどいな……
署に戻る車の中、運転しながら、草薙はずっと、胸糞悪い思いを抱いていた。
なぜあそこまで身内に冷酷になれるのか。
椿の母親と薫のあいだにどんな確執があったのかはわからない。
ふたりは、20も年の離れた兄妹だった。
その年齢差も、何か相容れない原因のひとつだったのかもしれない。
が――それにしても――――
13歳で三浦家に引き取られてから4年。
あの少年はどれだけの孤独を抱えて過ごしてきたのだろう。
従弟にあたる薫の双子の息子たちは、彼の4歳上だ。
椿が来たとき、ちょうどいまの椿とおなじ、17歳だったことになる。
はたして彼らは、椿を弟のようにかわいがってやったのだろうか?
……それとも――
最悪の想像が、草薙の脳裏を駆け巡った。
その想像が現実のものであったことを、草薙はそののち、知ることになった。
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