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第36話 奴隷犬※

「……はっ……あぁっ……」 「うわっ、すっげぇ汗! 床が汚れるじゃねぇか!」  ――30分後。  ようやく室内に戻ることをゆるされ、アヒル歩きでヒョコヒョコ入ってきた椿に、弟の司は声を荒げる。  大股を開き、頭の後ろで手を組んだ奴隷ポーズの椿は、 「おっ……も――申し訳ありません……」  ポトポトと落ち続ける汗をどうすることもできないまま、 「あ……お部屋に入れていただき……ほんとうにありがとうございました……」  兄弟に向かい、深々と頭を下げた。  サンルームは、ガンガンに効いた冷房で冷えきっていた。  ガラス窓の前に並べられた、パキラやモンステラなど大きな観葉植物の鉢。  ハイブランドの黒いステレオスピーカー。  窓に面したL字の白いソファの前に置かれた、南国リゾート風の籐脚のガラステーブル。  ソファの反対側には、ビーチで使うようなデッキチェアがふたつ、並べられている。    サンルームの奥にあるリビングの冷蔵庫からコーラの瓶を持ってきた司は、ごくごくとコーラを飲み干し、 「汗が引くまでマットの上にいろ。スクワットポーズやめんじゃねーぞ」  と命じる。 「は……はい……」  サンルームの入り口にある、ドアマットの前までピョコピョコと戻った椿は、頭の後ろで手を組んだガニ股スクワットポーズをとりながら、司が手にしたコーラを穴が空くほどに凝視した。 (……の……飲みたい……)  1時間半。炎天下を意味もなく歩かされ、死ぬほど喉が渇いていた。 (せ……せめて水でもいいから……飲みたい……)  犬のようにハァハァしながら、じっとコーラを見つめていると、 「……なんだよ」  ソファに座っていた司が、椿をギロッと睨んだ。 「あっ…………」  気を悪くさせてはいけない、と慌てて下を向く。 「飲みたいんじゃね?」  ――と、兄の統。 「あの暑さでずっと外にいたんだ。熱中症にでもなったら面倒くさいぜ」 「――しかたねぇな」  立ち上がった司はリビングに向かった。  ――もしかして、何か飲ませてもらえるかもしれない。  椿の胸に、一縷(いちる)の希望が生まれる。    ――椿の叔父、三浦 薫(みうら  かおる)の自宅は、都内の高級住宅街の高台の上にあった。  地下室と地上二階建ての本宅は、3つの寝室、ビリヤードのできる遊戯室、シアタールーム、パーティーが開けるほど広大なリビングルームなど全部で10部屋もある豪勢な住まいだった。  薫と統、司は、普段は本宅の自分の部屋で暮らしていた。  薫は、兄弟が産まれたあと、すぐ妻と離婚した。  以来、家事と育児はすべて、通いの家政婦とシッターが行っていた。  週末ごとに、高級レストランのシェフを呼び寄せ、イタリアン、中華、寿司などに舌鼓を打つこともあった。    一方、椿は、本宅から中庭を挟んで建てられた、平屋建ての別宅で暮らしていた。  別宅は、通いの家政婦も立ち入ることができない。  もとは、薫の死んだ母が趣味で作らせた茶室の庵だったものを、椿が来たあと、洋風に建て直したのだった。  別宅は、兄弟が幼いころ遊んだ広大な芝生の庭に面していた。  高台にあるため、さきほどのように裸で庭に放りだしても近所に見つかることもない。  サンルームにつながったリビングは、ミニキッチンと冷蔵庫、ソファにダイニングテーブルというシンプルな造りになっている。  リビングの隣にある、4畳ほどの狭い洋室が、椿の個室。  スプリングの硬い、粗末なシングルベッドと、学校の制服と鞄がかけられたパイプハンガー。  それ以外の衣服や、学校の教科書などは、ダンボールにまとめて放り込まれている。  余ったダンボール箱を床にガムテープで固定したものが、椿の勉強机だった。  バスとトイレを挟み、廊下の一番突き当たりに、椿をいたぶるために兄弟が買い集めた大量のSMグッズが納められた、物置部屋がある。  その部屋は、別名、『仕置き部屋』と呼ばれ、兄弟の機嫌をそこねると、天井に設置された梁に逆さに吊るされ、拷問を受けることもあった……。    リビングの隅には、ボロボロになった毛布の敷かれた犬用の黒いケージとトイレがあり、ケージの外に、袋入りのペットシーツとステンレスのエサ入れが置いてあった。   エサ入れの近くに転がっていたハンディタイプの給水器に水道の水を入れて戻ってきた司は、 「ほらよ」  椿の目の前にウォーターボトルを突き付ける。  真ん中のボタンを押すことで、上部分のボトルに入った水をシャベル型のウォーターカップに送り込むそれは、散歩用の水飲み器だった。 「いつもみたいにちんちんポーズでチンポプルプルさせて飲め。早くやらないと全部飲ませてやらないぞ」 「はっ……はいっ……! ありがとうございますっ……!」  手枷を外された手をグーにし、胸の前に持ってきた椿は、大股びらきのまま伸び上がり、鉄球のぶら下がったチンポを揺らそうとする。   (……うっ……ぐっ……!)  鉄球の重みに脂汗を浮かべる椿の前で、司は給水器をわざと高い位置に持っていく。 「ほらほら。ここまでジャンプしないと届かないぞぉ?」 「あっ……!? あぁっ……?」  鼻先にあったカップをかわされ、「うっ! ううっ!」とちんちんポーズのまま、けんめいにジャンプする。  チリンチリン、と鳴るニップルリングの鈴。  へコへコ動く腰の動きに合わせて左右に揺れる鉄球。 「ははっ。必死すぎんだろ!」  飛び上がり、舌を突き出して水を飲もうとする椿を司は鼻で笑う。 「もっとジャンプしろ、このクソ犬! そんなに飲みたいならクンクン鳴いてみせな!」 「くっ……くぅっ……! ……クゥゥゥ~~……ンッ……!」  犬の鳴きまねをし、ピョンピョン飛び跳ねる。  やっとのことでウォーターボトルに舌がつき、「……ほっ……おっ……ンンッ……!」とピチャピチャ水音を立てながら、犬のように夢中で水を飲む。  ペットボトル半分ほど飲ませてもらったところで、「もういいだろ」とボトルを取り上げられ、「ウッ……」と固まりながらも、 「お……お水を飲ませていただき……ほんとうにありがとうございました……」  ちんちんポーズのまま、礼をいう。 「そろそろ汗も引いたな。よし、リビングに来い。動画の撮影するぞ」 「OK。準備するわ」  と立ち上がる統。  カメラが好きな統は、動画撮影に積極的だった。    司は油性マジックで、椿の胸に『ケツマンコ奴隷カメ』と書く。  動画配信のときの、椿の呼称だ。  ――兄弟は昔から、椿のことをカメと呼んだ。  のろまなカメ、まぬけなカメ、おもちゃのカメ、おれたちのチンポ奴隷のカメ……。    兄弟が別宅にいるあいだ、椿はずっと、犬のように首輪を嵌められ、素っ裸で生活させられる。  排泄もトイレは使えず、犬用ペットシートに、許可をもらって出さなければならない。  出したあとは、自分でシートをきれいにし、新しいシートに取り換える。  別宅の掃除も、椿の仕事だ。  床も壁もすべて、ピカピカに磨き上げていないと、尻にモップを突っ込まれ、よし、といわれるまで尻穴モップで床を掃除させられる。  メリメリと食い込むモップの柄の痛みに耐えながら、床を往復する椿の近くで、ソファに寝そべりながら食べていたポテトチップスのかけらをわざと落とした弟の司が、 「おい、ゴミ落ちてんぞ。早く掃除しろ!」  椿の尻を、ドスッ、と強く蹴り上げる。 「うっ……! ぐっ……オッ……!」  キィーンと脳天を突き抜ける痛みに目を剥きながら、「はっ……いっ……いますぐお掃除させていただきますっ……」と尻のモップでゴミクズを拭く。 「おい、次はこっちだ」  ハンバーガーショップでテイクアウトしたアイスコーヒーの紙コップを逆さにし、残っていたコーヒーをボトボト床に垂らす兄の統。 「はっ……はいっ……!」  急いでアイスコーヒーのぶちまけられた床まで行く。 「せっかくだから、コーヒー、飲んでから拭けよ。おまえも飲みたいだろ?」 「は……はい……」  床に這いつくばり、「お、おいしいコーヒー……飲ませていただきありがとうございます……」といってから、フローリングの床に浸み込んだコーヒーをペロペロと舐める。  そのあいだも、尻穴のモップで腹のナカをぐいぐいかき回され、「うっ…うぅっ……!」と咽び泣かされる。  紙コップ半分のコーヒーをすべて舐め取ったあと、よろよろと起き上がり、 「で、ではそろそろ――……ケツモップお掃除――させていただきますね」  大股に開いた脚をふんばり、べとつく床を尻穴に刺さったモップでこすろうとする椿に、 「もっと水足さないときれいにならねーだろ」  洗面所から、水をなみなみと汲んだプラスチックバケツを持ってきた司は、 「水つけてきれいにしろ。もちろん、モップはケツに入れたままでな」  と命じる。 「は……はい……」  バケツの中に入れたモップを、尻を高くして持ち上げる。  水分を含んで重くなったモップの先からポタポタと水を垂らし、「くっ……! ぐぅっ……!」と床にモップをこすりつける。濡れているぶん、なかなか動かず、強引に動かそうとすると柄が尻穴に突き刺さり、いままで以上にきつい。 「ぐっ……! おッ……オォッ……!」 「他の場所も水掃除しろ。バケツの水がなくなるまでやってろ。休むんじゃねーぞ」 「うっ……はっ……はいっ……!」  汗だくになった椿が、尻穴に刺さった重いモップで家じゅう掃除しているあいだ、兄弟は、スマホで漫画を読んだり、動画を見たりして呑気に笑っているのだった。        

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