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第3話

「新人騎士の諸君! まぁ、あんまり気合いを入れすぎずにファイトだ」  第五騎士団勤務の初日、全体挨拶でロルフ団長が笑顔で拳を握った。  僕も含めて今回入団したのは三名との事だった。多くの魔術師は、華々しい第一から第三や、その他に落ちてから、第五騎士団の採用試験を受けなおすらしい。最初から第五騎士団を希望する者というのは、実はそこまで多くはないそうだった。 「知らなかったです」  休憩時間に僕が述べると、ロルフ団長が良い笑顔を浮かべた。 「いやほら、ジル。お前みたいな平凡な感じって、本当にうちの騎士団にあってると思ってさ。つい勧誘に熱が入っちゃってな」  自他共に認める平凡である僕は、曖昧に笑うにとどめた。  こうして始まった第五騎士団の仕事であるが、平素はお茶を飲んでいるだけの、本当に気が楽な騎士団だった。鍛錬は、基本的には、「いかにうまくお茶を淹れて出すか」という内容であるからして、お茶を飲んでいて許されるのである。後方支援組の実態は、僕にとっては最良だった。 「そういえば、第一騎士団は、今月の頭から魔獣討伐に出てたんだが、明日帰還するそうだ」  ロルフ団長がお茶を飲みながら、僕を含めた新人魔術師三人に語った。そちらに同行した第五騎士団の先輩との挨拶や、一応各騎士団の団長には挨拶をする決まりがある為、都合の良い日取りに顔合わせがあると聞いた。 「第一騎士団の団長は、実力はあるが、氷のように冷たくて、基本的に怖い。が、根は良い奴だ。頼りになるし、冷静だ。王立騎士団総団長の後任は、あいつしかいないだろうと噂されてるが――実際そうなると俺も思う。本当、強いしな。剣士なんだが。あと基本的には塩対応派なんだが、まぁ……うちの騎士団が関わる事はあんまりないだろうな。俺、魔術学院に進学する前の、義務学院で同窓だったんだが、名前が似てるから、出席番号のせいでいつも前後の席でなぁ……しいていうなら、俺は怖がらずに奴と喋るタイプ。あいつも怒ってるように見えて、本気で怒ってる事は基本的には少ないな」  つらつらとロルフ団長が教えてくれるのを、新人組の僕達は興味深く聞いていた。  その二日後、僕達は初めて会う第五騎士団から出向していた先輩魔術師達に挨拶をした。みんな良い人々だった。第一騎士団の団長とは、金曜日の昼間に挨拶をし、そしてそのままその夜、祝勝会が催されると聞いた。当日まで、みんなソワソワしながらお茶を飲んでいた。もうすぐ、六月が訪れる。梅雨の季節だ。月末が近づいてくると、僕は家賃の事が気になるようになってしまっていたが――結局、何の仕事をしているかも聞いていなかったし、ロベルトの休暇日を僕は知らないと思い出して、ちょっと寂しくなった。お祖父ちゃんに後で聞いてみようかな? 何か知っているかもしれない、と、そんな事を考えながら、僕は金曜日の朝を迎えた。  第五騎士団の正装であるローブを羽織って、首元のリボンに魔法石がはまった留め具をつける。こうして、本日も、僕は王宮へと向かった。  時刻は、朝九時半。その後、五分ほど朝礼があってから、僕達は十時に訪れるという第一騎士団の団長の姿を待った。シュヴァーベン団長というらしいが、ロベルトと同じだなぁと僕はやっと気づいた。 「あ、来たみたいだな」  皆が緊張した面持ちで、当然僕もドキドキしながら、氷の騎士団長と名高い人物の来訪を待っていると、一人だけいつもと変わらない気怠そうだが明るい声音でロルフ団長が言った。その視線を追いかけると、扉が開き、そして――。 「!」  僕は目を見開いた。  副官を伴い入ってきたシュヴァーベン団長であるが、どう見ても、ロベルトである。あの端正な顔を見間違えるはずはない。しかし、僕に対しては非常に明るくて優しい友人であり、噂に聞いていた性格とは著しく違う印象しか、僕の中には無い。だが、何処からどう見ても、凍てつくような鋭い眼差しで入ってきて室内を見回したのは、ロベルトだった。  目が合う。  瞬間、ロベルトがふんわりと微笑んだ。一気に僕の肩から力が抜けた。僕が良く知るロベルトの表情はこちらだ。 「会いたかったぞ、ジル」 「ぼ、僕も……え? ロベルトが、シュヴァーベン団長なの?」  思わず聞くと、隣からロルフ団長に軽く頭を叩かれた。 「口調に気を付けるように」 「君こそ、俺のジルに気やすく触るな」  すると直後、歩み寄ってきたロベルトが僕を両腕で抱きしめた。僕の認識だと、何かとロベルトは僕を抱きしめるのが好きな人ではあったが、僕は幼子では無いため、若干気恥ずかしい。 「お前の? いいや? ジルは第五騎士団の新人だから、俺の部下だぞ? どういう事だ? というか、ロベルト。お前、顔が緩んでたし、何を……さらっと抱きしめてるんだ? え? ま、まさかとは思うが、何やら知り合いらしいが、あー、そのー、え? どういう関係だ?」  ロルフ団長が引きつった笑みを浮かべている。そちらを見るロベルトの眼差しは、非常に冷たく険しく、室温が下がったような錯覚に陥るほどであり、僕は梅雨に近づいていたはずが冬に逆戻りしたかのような気分になった。 「ジルと俺は、プライベートで非常に親しい間柄だ」  きっぱりと冷淡な声音で、ロベルトが断言した。僕が嘗て耳にした事の無いような声音だった。ま、まぁ、僕達は親しい友人なので、間違いではないが、ちょっと語弊がある気もした。その予想は当たっていた。 「え? なんだよ、ロベルト。お前、ジルとデキてたのか? 言えよ! 俺達親友だろ!」  そこにロルフ団長が、さらりと魔術でティーポットとカップを宙に浮かべて、美味しいお茶を淹れてくれた。さりげなく座るように促された。すると最後にギュッと再び僕を抱きしめる腕に力を込めてから、ロベルトが僕を解放してくれた。 「出会いは?」  満面の笑み?に変わったロルフ団長の前に、ロベルトが座った。 「あ、ジルも座ってくれ」 「え? ぼ、僕はご挨拶する側の新人で――」 「いやいやいやいやいや、こんな面白い話を聞かないでどうするっていうんだよ?」 「へ?」 「恋愛のレの字も無かったお堅いロベルト・シュヴァーベン団長の恋バナ! 聞かずしてどうする。なぁ、みんな?」  その言葉に、室内にいた雑談大好きの第五騎士団のメンバーはみんな頷いた。なんと、ロベルトの副官である第一騎士団の騎士まで頷いて、目を輝かせている。僕だけが気まずさを覚えている状態となった。 「許しも出たし、座ると良い」  ロベルトが僕を見て柔和に微笑んだ。僕にだけ笑顔だ……。 「それで? うん? いつから付き合ってるんだ?」 「あの……ぼ、僕とロベルト……シュヴァーベン団長は、そ、その……」  恋人ではない。友人だ。そう、僕は伝えようとした。すると肩を抱き寄せられて、ロベルトに耳元で囁かれた。 「好きだぞ、ジル」 「!」 「明日は休暇だろう? 俺も久しぶりの休暇だ。朝から来てくれるのを家で待っているぞ」  僕は硬直した。『好き』だと、この言葉……これは実際、雑談時にも度々言われたが――友人としてでは、無かったのだろうか? 僕は大混乱後、ボッと顔から火を噴きそうになった。頬が熱い。 「今、口説き落としている最中なんだ。水を差さないでくれ、ロルフ」  そんな僕をよそに、ロベルトが双眸を細くして、ロルフ団長を睨んだ。するとやはり室内は凍り付く。しかしロルフ団長は慣れているのか、気にしていない様子だ。 「まさかの、ロベルト側の片想いという衝撃的展開に、俺は唖然だよ」 「悪いか?」 「いや、別に? 恋は恋だからな。いくら顔良し・頭良し・地位有り・実力有り・家柄良しのロベルトであっても、フラれる事はあるだろうしな。相手が、ド平凡を絵にかいたような第五騎士団の魔術師相手であっても、ジルにも選ぶ権利は存在する」 「ジルは俺にとっては平凡なんかじゃない。いいか、ジルがいかに優しくて愛らしくて――」  ロベルトが語り始めた。氷のようだった表情は再び融解し、俺を見て頬を染め、うっとりとしながら、語りに語るロベルトに、僕は真っ赤になってしまった。周囲は明らかに呆れている……。 「痘痕も靨とはよく言うしな」 「とにかく、ジルの全てが愛おしいんだ。もう俺は、ジルがいなければ生きてはいけない」 「ロベルトの口から惚気……いやぁ、人間って奥が深いなぁ」  ロルフ団長が吹き出すのを堪えている様子で、頬をピクピクさせながら笑っている。 「そういう事だから、ロルフ。くれぐれもジルに変な虫がつかないように見ておいてくれ」 「任せろ。ま、お前に肩を抱かれてプルプルしているうちの魔術師くんは、どうやら脈があるようだし、あとは自力で口説き落とせよ、頑張れロベルト」 「ああ、出来る限りの努力をする」  僕は完全に赤面してしまっていた為、何も言葉が出てこないままで、ギュッと目を閉じていたのだった。

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