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第3話
交差点まで来ると、上司を抱えた部下が、駐在員に礼を言い、滞在しているホテルは目の前だから、心配はいらない、と帰るよう言っているらしい。
声は聞こえる距離ではないが、まるでパントマイムのように小敏には読める。
やはり、2人は信号を渡り、ホテルの方へ向かって行った。
それを見送るようにしばらく佇んでいた駐在員とおぼしき人物は、何を思ったのか、信号を渡ると小敏と同じ歩道を、反対方向から歩いてきた。
目的が同じだと気付いた小敏は、少しだけ足を早め、飲茶レストランの正面で彼と出くわすようにした。
「あ!」
ちょうど店の入口の前で、2人は出会った。
「カワイイなあ」
日本人男性は、じっと小敏の顔を見つめて、心の声が漏れているのにも気付かない。
「こんなキレイな子、直接見たのって、初めてだなあ」
日本語が分からない人間なら、呆然と自分の顔を見ながらブツブツ言う日本人を気味悪く思っただろう。だが、小敏は違う。
「ありがとう」
ネイティブ並みにはっきりと、正確に、小敏は日本語で応えた。
「え!あ?に、日本人なの?」
しっかりしているように見えて、やはり先ほどの上司とお酒を飲んだらしい。酔っているのか、ちょっとトボけているのが、なんとなくカワイイと小敏は思った。
見た目、小敏よりも少なくとも7、8歳は上だろう。身長も180cmある小敏より5、6センチ以上低そうだ。 これと言って特徴のある顔立ちでもなく、体もどちらかというと緩んでいる。
ただ、日本人らしく、髪型や着ているものに清潔感がある。
(いかにも、って感じの日本人の「オジサン」だな)
なんだか小敏は面白くなって、彼に明るく笑いかけた。
「ボク、日本に4年間留学していました」
澱みの無い小敏の日本語と、白く艶やかな肌をした、カワイイ童顔の屈託ない笑顔に、日本人男性は呆然としていた。
「お食事ですか?」
ボーっと小敏に見惚れた男性に、なるべく親切そうに聞こえるよう、声を掛けた。
「え、あ、はい…。き、君も?」
男性は、少し期待のこもった目でそう訊いて来た。
「ええ。もし、良かったらご一緒に、いかがですか?」
ダメもとで、小敏は日本人男性を誘ってみる。
観光客ならまだしも、上海で駐在している人間なら、日本語を話す中国人の胡散臭さを十分に知っているはずだった。
それらは大抵、詐欺である。
仲良くなりたいからと店に連れ込んで、お茶一杯、ビール一杯で何万円も支払わせたり、二束三文のお土産を高額で購入させたり、とにかく日本語を話せる相手に甘い、日本人ならではの成立する詐欺だ。
「ここでの、食事だけなら…」
やはり、男性は警戒している。
それも仕方が無い、と小敏は思い、それでも1人でする食事よりはマシだと、男性と共に、飲茶レストランに入った。
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