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第6話

「家族は…今、北京だから紹介できないけど、叔父とか叔母とか従兄なら上海に居るから!それから、ちゃんとした社会的地位にある友達だっていっぱいいるし!ボク、そんな、売春とか、違法なことをする人間じゃないっ!」 「ご、ゴメン!ごめんよ、シャオミン。そんなつもりじゃなくて…」  必死に否定する小敏に、「ゆうき」の方が焦ってしまう。だが、まるでパニックに陥ったように、小敏はまくしたてる。 「ボク、売春なんて、絶対にしたこと無い。本当に、『ゆうき』さんとあそこで会ったのは偶然だからっ!」 「本当に、本当にゴメン!俺も、そこまで疑ってるわけじゃ…」  はあはあと息が上がるほど、ムキになっている小敏を落ち着かせようと、慌てて「ゆうき」は抱き寄せた。 「ゴメンね、シャオミン。もう大丈夫。俺、もう疑ってないから…。ただ、君みたいな子が、目的もなく俺なんかと寝てくれるなんて、信じられなくて…」 「どうして?ボク、『ゆうき』さんのこと、イイ人だなって思って、好きになったから、もっと知りたくて…」  ようやく落ち着いたのか、小敏も「ゆうき」の首に両手を回して、グッと縋りついた。 「す、好きって、…君みたいな子が、俺を?」  簡単に「好き」という言葉を使う小敏に、「ゆうき」は戸惑いを隠せない。 「あと、日本人駐在員目当てのハニートラップでもないから。『ゆうき』さんが、そういうの、警戒するようなお仕事の人なのかどうかも知らないし」  それを聞いた「ゆうき」は、何を思ったのか小敏の腕を優しく外し、ベッドの下に落ちた、自分のスーツのジャケットを拾い上げた。  突然の行動に、呆気にとられた小敏は、目を丸くしたままそれを見つめていた。 「あ、これ…」  そう言って、「ゆうき」は、背広の内ポケットから取り出した、年季の入った名刺入れから一枚を小敏に手渡した。 「優木、真名夫、39歳、日本の文具メーカーの上海営業課長です…」 「あ、どうも…」  真面目な優木のペースに、小敏もついつい巻き込まれてしまう。 「ま、課長って言っても、日本からは俺だけなんだけど」  恥ずかしそうな優木の笑顔には、誠意があって温かい。 「ボクは、羽小敏(ユー・シャオミン)といいます。日本の児童書の翻訳をしています。売春も、ハニートラップも、絶対にしていません」  改めて自己紹介をして、顔を見合わせた小敏と優木は、いたたまれなくなったのか、後は笑うしかなかった。 「くしゅん!」 「あ、シャオミン!」  上半身を脱ぎ散らかしたものの、すっかり熱が冷めて、小敏は冷え切ってクシャミが出た。心配して手を伸ばしてきた優木に、小敏は堪らず言った。 「温めて…」  真顔になって、小敏は優木に触れた。 「お金は払わなくていいから」  そこは、フッと意地悪い笑みで小敏が言うと、優木は人の良さそうな、ちょっと気まずい顔をした。 「本当に、…俺なんかでいいの?」 「もう!優木さんが、いいの!」  そう言うと、焦れた小敏は優木の首を抱いて、そのままベッドに2人して倒れ込んだ。

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