9 / 69

第9話

 久しぶりの自宅での夕食後、片付けを済ませた包文維(ほう・ぶんい)唐煜瑾(とう・いくきん)は、就寝時間までの余暇時間をそれぞれ楽しんでいた。  文維はソファに深く座り、持て余すほどの長い脚を組んで英字の医学雑誌に目を通している。  その足元でぺたりと床に座り込み、ローテーブルの上にスケッチブックを拡げて、次の依頼のデザイン画を描いている煜瑾がいる。 「煜瑾は、本当に絵が上手ですね」  いつの間に覗き込んでいたのか、文維が声を掛けた。 「これは『絵』ではありませんよ。ただのデザインです」  そこはプロとしてのこだわりなのか、煜瑾は丁寧に否定した。 「それでも、とても上手じゃないですか」  文維が笑うと、煜瑾も仕方なく微笑む。 「デザインは正確に描ければ誰にでもできます。本物の絵画には『感情』が必要なのです」 「ほお」  明らかによく分かっていない文維に、煜瑾は理解を求めることを諦め、手にした色鉛筆も手放し、文維の太腿辺りにその形のいい頭を甘えるように寄せた。  そんな煜瑾のカワイイ仕草に、文維も笑顔でその髪を優しく撫でる。  互いを身近に感じる、幸せなひと時だった。 「ねえ、文維?」  煜瑾の甘えた声に、文維は思わず期待をする。 「なんですか?」  答えた文維に、煜瑾は急に元気に振り仰ぎ、ニッコリと微笑んだ。 「ココアが飲みたいです」 「え?」  意外な申し出に驚く文維だが、それでも無垢な笑顔で、「天使」にお願いをされては断れるはずがない。 「分かりました」  文維は雑誌をローテーブルに置いて立ち上がった。 「煜瑾のお願いを断れるはずがないですよね」 「ご理解いただけると嬉しいです」  煜瑾は澄ました顔でそう言って、それからプッと吹き出した。互いにすっかりリラックスした空気が柔らかくて、居心地がいい。2人はそれが「幸せ」だと思った。 「その代わり、後で私のお願いも聞いてもらいますよ」  確認するように文維が煜瑾の鼻先に指さすと、その言葉にエロティックなものを感じて、煜瑾は恥ずかしそうに笑った。  経験豊富な文維に導かれるように、少しずつ愛し合うことの悦びの深みを知った煜瑾だが、まだまだ初心(うぶ)な所は抜けきれないでいる。それが、カワイイし、愛しいと思う文維である。  紅茶のティーバッグならば早いのに、わざわざ手間のかかるココアを注文するあたりが、何か意味があると感じる文維だが、そこは追及しないことにした。煜瑾に何か考えがあるというのなら、それに付き合うのも恋人の勤めだと思っているからだ。  文維はキッチンへ行き、マグカップを2つ取り出し、ココアと砂糖とミルクを並べた。

ともだちにシェアしよう!