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第10話

 文維(ぶんい)がカップを2つ手にして、煜瑾(いくきん)の待つリビングに戻った。  煜瑾は、先ほどまで文維が座っていたソファに座り、膝にスケッチブックを乗せ、熱心に手を動かしていた。  仕事が(はかど)っているのなら、邪魔をしてはいけないと思った文維は、敢えて声を掛けずに、テーブルにカップを静かに置いた。 「あ、文維…」  集中していた煜瑾が、顔を上げた。文維と目が合うと、嬉しそうに微笑む。 「ほら!見て下さい」  そう言って煜瑾がスケッチブックを文維に向けた。 「え?」  そこには、鉛筆で描かれた包文維の顔があった。肩から上の、長く細い首、面長で知的な顔立ち、クールな瞳、真っ直ぐで高い鼻梁、薄く引き締まった唇…。写し取ったような自分の肖像画に文維は言葉も出ない。 「似ていませんか?お気に召さない?」  心配になった煜瑾は、肖像画を自分の方に向き直し、修整すべき点を探し始める。 「急いで描いたので、雑なことは否めませんが、文維ってことは分かるでしょう?」  困ったような煜瑾が、文維の顔色を窺う。 「いや、ビックリしたのです。この短時間で、こんなにソックリな絵が描けるなんて」  煜瑾の才能は文維も認めていたが、こんなことまで出来るのか、と感心したのは確かだった。 「ふふふ。これが『絵』ですよ。デザイン画とは違うのです」  煜瑾はどこか自慢げにそう言って、改めて自分の絵を見直す。  そんな煜瑾の隣に座り、文維は恋人の肩を引き寄せた。 「もう一度、よく見せて下さい」 「『絵』には、描きたいという『感情』が必要なのです。子供の頃習っていた絵の先生が、そうおっしゃっていました」  そして、煜瑾が描きたいものが、文維だったということなのか。 「実物より、ハンサムなのではありませんか?」  文維が少し照れ臭そうに言うと、煜瑾は相変わらずの高貴さで、ふんわりと微笑み、文維の頬に指を伸ばした。 「実物の方が、ずっとハンサムさんで、魅力的です。それを描き切れていない私は、やはり素人なのです」  そう言って、煜瑾は、自分が描いた肖像画をジッと見詰めた。 「今の文維を描いたつもりでしたが…、なんだか高校生の頃の文維にも見えます」  何か、とても感慨深そうに言う煜瑾を、文維は抱き寄せた。 「ずっと、好きだったのです…。初めて、文維を見た時から、ずっと…」  夢見るように、煜瑾はボンヤリと呟いた。 「文維を初めて見た時、あなたはテニスコートでプレイしていて…。とても美しいと思いました」  フッと煜瑾は幸せそうに微笑み、文維を振り返り、チュっと音を立てて頬に口付けた。

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