11 / 69

第11話

「そんなステキな先輩を、学食で見かけたり、廊下ですれ違ったりするたびに、ドキドキしました」  煜瑾(いくきん)は頬を染め、文維(ぶんい)を上目遣いでチラリと見て、すぐに恥ずかしそうに俯いた。 「同じ学内にアナタがいると思うだけで、毎日学校に行くのが楽しくて、毎朝目覚めて学校に行けばアナタに会えると思うと嬉しくて…」  淡い初恋を思い出す煜瑾の、遠くを見る瞳が純粋で、その美しさに文維は心を奪われたようにジッと見詰めた。 「ある日、友達の羽小敏(う・しょうびん)が自分の従兄(いとこ)という人を紹介してくれました。それが、…ずっと憧れていたアナタでした」  煜瑾はそう言って頬を染める。その様子があまりに清純で、文維は締め付けられるほど愛しくなる。 「私は、煜瑾が入学してきた時から知っていましたよ」 「え?」  大きな目を見開いて、あどけなく見返す煜瑾に、文維は抑えきれず指を伸ばし、煜瑾のピンクに染まった頬に触れた。  その僅かな接触にも、煜瑾は愛されていると感じ、胸が高鳴る。 「高校からの入学者は数が少ないし、有名な(とう)家の『王子様』が入学してくると評判になっていました」  にこやかな文維を、煜瑾は無垢な瞳で見つめ返す。目が合うと、文維はいつもと変わらない知的で柔和な笑みを浮かべていた。 「初めて見た時から、美しい子だと思いました。忘れられないほど、印象的な美貌だと感心していたんですよ」 「…ふふふ…」  その美貌を讃えられることに慣れているとは言え、さすがに好きな人に言われると、煜瑾は照れ臭そうに笑った。 「けれど、純情可憐で、あまりにも無垢な『深窓の王子様』を誘惑するなど、誰にも出来なかった…、もちろん、私にも、ね」  純真で、(いとけな)い貴公子だった唐煜瑾を、学校中が注目していた。だが、あまりに高貴で近寄りがたい「王子」を、遠巻きに見るだけしか出来なかった。  煜瑾の美貌や高雅さを認めていた文維だったが、その(けが)れを知らない幼気(いたいけ)な様子に、とても(よこしま)な気持ちで近づけることは出来なかった。  それでも、いつからか自分の事を遠くから見つめる切ない視線に、文維は気付いた。一途で、焦がれるような眼差しが注がれることに、すでに慣れていた包文維だったが、それが、学校中が注目する「唐家の王子」ともなれば、気にならないと言えば嘘になった。 「当時の煜瑾の事を、美しいと思い、君の視線を嬉しいとも思いました」  優しい文維の目を見つめて、煜瑾は幸せそうに微笑む。 「けれど、君はまだ幼くて、本気で好きになってはいけないと思わせるほどでした」  文維は想いが抑えきれないというように、腕の中で微笑む煜瑾の髪や頬に触れた。 「それが、偶然再会したことで状況がすっかり変わりました」  恋人が高校時代の事を話してくれるのは珍しく、思い出に(ふけ)りながら煜瑾はうっとりとした。  遠くから見つめることしか出来なかった淡い初恋が、今はこんなに甘く満たされる本物の愛になるとは、当時は想像も出来なかった。 「文維…」  濡れた瞳で自分を見つめる煜瑾が狂おしく、考えるより先に文維は自分だけの天使を抱き寄せ、唇を奪った。

ともだちにシェアしよう!