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第12話

「どうして…、あの頃、描いておかなかったのでしょう…」  煜瑾(いくきん)がポツリと言った。 「え?なんですか?」  ウットリと身を任せる煜瑾の魅力を堪能していた文維(ぶんい)は、慌てて聞き返した。 「あの頃、あれほど文維の事を見つめてばかりいたのに…。大好きな文維を描いて、私だけのものにすることもできた。それなのに、描くことも忘れて、文維ばかりを見ていた…」  急に片想いをしていた頃の心細さを思い出し、煜瑾は文維の腕をギュッと掴んだ。それを察したのか、文維は腕の中の煜瑾の髪を撫で、慰めるようにこめかみにキスをした。 「もし、あの頃、君を私の物にしていたら…、と思わないこともありません」 「文維…」  優しく、甘い声で文維が煜瑾の耳元に囁いた。 「高校時代、君が私の物になっていたら、私はきっと北京の大学には進学しなかった。君が卒業前にロンドンに行くこともなかった。そして…、あんな事件に巻き込まれることは無かった…」 「…違います」  後悔をしているのか、苦々しい顔をした文維に、静かに煜瑾が否定した。 「あんなことがあり、私が壊れてしまったから…、文維と再会して、カウンセリングを受けることが出来て、こうして愛し合うことが出来たのです」 「煜瑾…」  煜瑾は2人が乗り越えたものの大きさに、今では感謝していた。  長い間、つらくて苦しい思いもした煜瑾だった。だが、文維との再会で全てが変わった。 「あのカウンセリングルームで初めてキスした時…」  煜瑾は薄く笑って頬を染めた。 「あの時に、私は…」  言葉以上に雄弁な煜瑾の視線に、文維は応えるように抱き直し、ソッとソファに押し倒した。 「文維に、もう一度、恋をしたのです」  煜瑾のその言葉を待って、文維は恋人と重なった。 「う…っ、ん…ぃ…、文維…」 「煜瑾…」  文維は激しく煜瑾を貪り、煜瑾も、もどかしそうに文維の背に腕を回す。 「愛しています、煜瑾…」  まだ少し荒い息で、文維が低く、甘やかな声で囁いた。  乱れた髪と息で、潤んだ瞳で恋人を見上げる煜瑾は、無垢で清純な天使の美貌に変わりは無かったが、文維しか知らない艶めかしい表情をしていた。 「多分…、いえ、きっと…、唐煜瑾は、私にとって、初恋の人です。それまでの誰とも違う感覚で…、感情で、君が欲しくなりました…」 「…もちろん、私も、文維が初恋の人です」  2人は幸せそうに見つめ合い、そしてまた真剣な顔になると、もう一度重なり合った。    互いに納得するまで、濃厚な口付けを繰り返すと、2人は何も言わなくても手を取り合ってソファから立ち上がり、寝室へと向かう。 「ねえ、煜瑾?」 「はい?」 「私の絵を、完成させてもらっていいですか?」  恋人からのお願いに、煜瑾は嬉しそうに微笑んだ。

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