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第15話

 スーツに着替えた優木(ゆうき)が戻った。  顔立ちも地味で、身長も恋人より低く、体も中年っぽく緩みがち、ファッション性の欠片も無い銀縁メガネ…という、これと言って取柄の無い日本人のオジサンである、優木だが、小敏(しょうびん)にとっては最高の恋人である。 「優木さんの言ってた通りに注文しといたよ。本当にホットミルクで良かったの?」 「ああ。職場ではコーヒーメーカーしか無くてね。今朝の会議でイヤになるほどコーヒーは飲めるから、ミルクでいいんだ」  そう言って、人の良さそうな笑顔を浮かべる優木に、小敏も満足そうな笑みを返す。  小敏は、この優木の笑顔が好きだ。  優木の、優しくて、思いやりがあって、そして「羽小敏(う・しょうびん)」に夢中なところが、小敏は大好きなのだ。 「コレ、食べるかい?」  優木は、ハムとチーズのサンドイッチを一切れ、小敏の目の前に差し出した。 「あ~ん」  幸せそうに口を開き、小敏は優木が注文したサンドイッチを美味しそうに咀嚼する。  優木は優木で、欲望に素直な小敏が好きだ。  韓流アイドルのボーイズグループのような、色白美少年タイプが大好物な優木にとって、「羽小敏(ユー・シャオミン)」は、まさにその理想通りの見た目だった。  スラリと背が高く、華奢で、手足が長く、少年のような清冽でしなやかな筋肉を持つ29歳は、色白で、童顔で、そのくせ端整な顔立ちで、自分の表情をどうコントロールすれば目の前の相手を思い通りに出来るのかを、とことん熟知している。  それに高い経験値と情報収集能力、分析力、それに加えて研究熱心なところも評価したい。  優木との関係においても、同じで、昼間の好みはもちろん、夜の嗜好についても特に研究熱心で、一晩に何度も「実験」したがるのだ。  そんな時、優木は実験動物のように小敏の言いなりなのだが、それはかつてない快感の繰り返しで、まさしく「パブロフの犬」よろしくの条件反射を仕込まれてしまうばかりだ。  だが、小敏の旺盛な性欲も、食欲も、優木には愛しくてならない。 「優木さん、もっと…」  ちょっと顎を引き、物欲しそうな顔をして、上目遣いで求める小敏の誘惑的な眼差しは、出勤前の優木には少し刺激が強すぎる。 「ねえ…優木さん…ってばぁ」  濡れた瞳、薄く開いた唇、放っておけないような頼りなげな表情…どれも、優木の劣情をそそる「条件反射」だ。 「はい」  今度はトマトとゆで卵のサンドを小敏に与えると、こっちも条件反射のように、幸せそうな、夢見るような、堪らなく色っぽい顔をする。 「優木さん?」 「ん?何?」  今度は、クルリと無邪気であどけないに変化すると、小敏はねだるように言う。 「今夜は早く帰ってきてね」 「ん…。なるべく早く帰るようにする」 「『なるべく』?そんなのダメだよ」  週末の管理職には、帰宅時間を「必ず」とは約束できない。そんな決まり切ったことさえ、欲望に素直な小敏は認めない。 「シャオミン~」 「夕食に、牛丼買って来てくれるなら…」  眉を寄せる優木に対し、カワイイ唇を尖らせて、子供のように拗ねながら小敏は言った。

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