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第16話

 急いで朝食を済ませて、優木(ゆうき)は、虹橋地区にある日系企業が多く入るビジネスビルの11階にあるオフィスへと出勤して行った。  1人取り残された小敏(しょうびん)は、フリーのコーヒーをお代わりして、スマホで話題のニュースをチェックし始めた。 「あれ?」  エンタメ記事のトピックで、小敏は見知った名前を見つけた。 「宋暁(そう・しょう)…」  宋暁は、小敏と同い年だが、18歳でニューヨークのバレエカンパニーへ留学した天才ダンサーだった。その後、怪我のためにダンサーを諦めることになるが、そのしなやかな動きやスタイル、美貌が認められて、世界的にも有名なファッション誌の表紙を飾った。それが話題となり、一躍モデルとして注目され、たちまちトップモデルとして人気を集めるようになったのだった。 「ヤバくね?」  実年齢よりも、10歳くらいまでなら若く見られるキュートな童顔で、それでいて妙に色っぽい顔をした小敏は、キュッと眉を寄せた。  小敏は世界的なモデルとしてだけではなく、個人的に宋暁と面識があった。しかもそれが、あまりよろしくない思い出なので、自然と苦い表情になる。 「アイツ、いいのは顔だけなんだよな~」  思わず呟き、小敏はコーヒーを飲み干した。  小敏が宋暁に会ったのは、3年前。  従兄(いとこ)包文維(ほう・ぶんい)が、留学先のアメリカから帰国し、クリニックを開業した頃だった。小敏もその1年前に帰国し、ようやく落ち着いていたので、時間の許す限りは文維の手伝いなどもしていた。  その文維を、アメリカから追いかけて来たのが、国際的なトップモデルの宋暁だった。  宋暁は、文維と小敏の関係がただの従兄弟同士ではないことを知っていて、何かとそのことを当て擦って来た。  小敏と文維は互いに初めての相手で、それぞれの留学を機に恋人同士の関係は終わらせたが、その後も従兄弟同士として、親友として付き合いは続いていた。  宋暁は、文維とアメリカで出会い、付き合っていると主張し、「元カレ」の小敏が気に入らないと露骨な態度を取ったのだ。 (ま、ガキっぽいというか、女王様っぽいんだよね。自分が一番じゃないと気に入らないんだから…)  文維本人にそのことを抗議した小敏だったが、文維は宋暁との関係はアメリカで終わったのだと言うだけだった。  その宋暁が、来月、北京で行われるファッションショーに出るため、帰国するというニュースに、小敏はなんとなく不安を感じる。  確かに、小敏と文維の関係は終わっている。それでも、小敏を十分に不快にするような態度で宋暁は接してきた。 (文維と、今の恋人がラブラブだって知ったら、宋暁はどうするかな)  そんなことを考えながら、小敏は、スマホの画面の中でポージングを決めるトップモデルを、ちょっとムッとした顔で睨みつけた。

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