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第17話

 羽小敏(う・しょうびん)は、不意に何かを思いついた様子で、電話を掛けた。 「あ、煜瑾(いくきん)?今日は忙しい?あ、そう?じゃあ、一緒にランチでもどうかなあ」  小敏は、親友で今は新進気鋭のフリーのインテリアデザイナーの唐煜瑾(とう・いくきん)をランチに誘った。 「ん~、じゃあ今から、そっちに遊びに行ってもいい?」  夜に優木(ゆうき)が戻るまで時間を持て余した小敏は、静安寺地区にある親友のアパートへ遊びに行くことにした。 ***  地下鉄で、親友の唐煜瑾の暮らす高級レジデンスに一番近い、南京西路駅まで行き、小敏は迷うことなく辿り着いた。  育ちが良く、鷹揚な性格の煜瑾は、いつでも天使のような穢れの無い穏やかで美しい笑顔で小敏を迎えてくれる。 「ゴメンね、急に」 「いいえ。今日は私もお仕事は無いので、小敏が来てくれて嬉しいです」  そう言って煜瑾は、小敏をリビングに迎えると、自分はキッチンにお茶の仕度をしに行った。  おもてなしをしてくれる煜瑾を見送った小敏は、座り心地のいいソファに座った。  煜瑾が吟味を重ねて買ったという、優しいクリーム色のラム革のソファは小敏もお気に入りだ。ここへ遊びに来ると、いつもこのソファを占領してしまう。 「あれ?」  いつものように深く座り込んで寛ぐつもりだった小敏だったが、目の前のローテーブルの上に煜瑾のスケッチブックを見つけた。 「あ、ダメ!小敏、ダメです!」  最近のお気に入りであるピンクグレープフルーツのジュースをグラスに入れ、実家の唐家から差し入れられた自家製のサブレと共にトレイに乗せて運んできた煜瑾は、小敏がしげしげと自分の描いた恋人の肖像画の下書きを見つめていることに気付いて慌てて止めた。 「どうして?こんなに上手に描けてるのに、隠すなんてズルいよ」 「だって…、まだ下書きで…」  相変わらず恥ずかしがり屋の煜瑾は、未完成の自作を見られたくなかったようだが、小敏はその絵の完成度に感心していた。 「すごいね~。単に文維ソックリに描けてるっていうだけじゃなくて、文維らしさを感じるよ」  小敏が感嘆してスケッチブックを親友に返すと、煜瑾はまだ少しはにかみながらも、嬉しそうに目を輝かせた。 「本当にそう思いますか?」 「うん。単なるイケメンじゃなくて、賢くて、優しくて、そして…」  小敏はここで、煜瑾の様子を窺うように顔を覗き込んだ。 「それに、エロい感じも出てる」 「え…エロ…!な、なんてことを言うのです、小敏!」  恥ずかしすぎて真っ赤になった煜瑾に、小敏はいかにも楽しそうに明るく笑った。 「だって、それも文維の魅力でしょ?それは、煜瑾が一番良く知ってるはず」 「も、もう…、小敏ってば…」  すっかり動揺しながら、煜瑾はスケッチブックをギュッと胸に抱いた。 「離れているのが寂しすぎて、文維の絵を描いてたの?」 「ち、違います!」  親友にからかわれ、煜瑾はスケッチブックを置いて、ジュースのグラスを手に取った。 「私が描きたいから描いただけです!」  ムキになる煜瑾の純真さが可愛らしくて、小敏は笑ってしまうが、これ以上キレイな心の煜瑾をからかってはいけないな、と反省した。

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