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第19話

 今朝は、日本の海外事業部担当者とのネット回線を使ってのリモート会議だ。 「では、来月の営業計画をお願いします」  日本側の議事進行係の淡々とした声がする。 「では、優木(ゆうき)課長から報告して下さい」  上海営業所の(こう)所長に流暢な日本語で言われて、慣れないリモートのため緊張した表情で優木は資料を手に、パソコンのカメラを凝視した。 「先月オープンしたセレクトショップの件ですが、オープン時の売れ行きは良かったのですが、今月の発注はこちらの想定より低かったので、もう少し積極的に営業を掛けます。ただ、このショップをきっかけに日本の文具が注目されることで、他の小売店からの注文が増えました。この流れに乗って、一過性の人気ではなく定番商品として販売数の安定を確保します」  資料を一息に読み上げ、優木は息を吐いた。 「確かに最近は、中国を中心にアジアで本物志向が高まり、改めて日本製品の人気も回復傾向のようだが、それも根強い一部のファンが支えているというのが現状だ」  さすがに本社の海外事業部長・長峰(ながみね)は、現場をよく分かっている、と優木はホッとする。だが、現場を分かっているだけに、こちらへの要求も高い。 「先月の新店舗オープンのご祝儀相場で売り上げが一時的に上がったとせずに、そのまま安定的な顧客の確保をして下さい」  モニター内の長峰部長の高い期待に、江所長はじめ、優木や部下たちも渋い顔をしていた。 ***  会議終了後、苦味ばかりでコクのないコーヒーを飲みながら、上海営業所の面々は無口になっていた。 「配達で~す!」  日本からの商品が届いた。事務の()さんが受け取り、書類をやり取りするのを、3人の営業員はボンヤリ見ている。  これから商品の確認をして、在庫管理、配達、と忙しくなる。 「優木課長、お疲れですか?」  この営業所に勤務している中国人は、全員が片言でも日本語が話せるが、普段は中国語しか使わない。だが、中国語が苦手な優木と会話する時には、極力日本語で話しかけてくれる。そんな風に甘やかされている上に、中国人の恋人も日本語が堪能なため、優木の中国語はなかなか上達しない。 「いや…。ちょっと寝不足で」 「枕を変えるといいですよ」 「あ、どうも、ありがとう」  ある意味、枕を変えたせいで眠れない優木だが、その辺のプライバシーを語るような友人は居ない。ここにいるのは部下であり、上司であるだけで、彼らが優木の恋人の事を知ることはないだろう。  ふと優木は、今夜は残業が出来ないことを思い出した。 「納品に行って来ます!」  急にヤル気を出した課長に驚きながらも、部下たちもバタバタと仕事を始める。 (今夜は、絶対に残業しない!定時で、牛丼をテイクアウトして、シャオミンのアパートに帰る!)  強い決意の優木は、今夜の小敏(しょうびん)との楽しく、激しい夜のために、がむしゃらに仕事を片付けるのだった。

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