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第21話

 小敏(しょうびん)は、黙って立ち上がると、優木(ゆうき)がローテーブルに置いたままの牛丼の入った袋を手にした。 「ま、頑張ってお仕事をしてきた優木さんも、夕飯を食べる権利くらいはあるから、一旦、許してあげる」  とてつもなく横暴なことを言って、小敏はキッチンへと牛丼を温めに行った。それを見送りながら、優木は少し情け無さそうな、人の良い笑みを浮かべている。 「よろしくお願いします」  それでも、振り返ってニッと笑った小敏の、無邪気な悪戯っ子のような笑顔が可愛くて、優木も頬が緩んでしまう。何だかんだ言いながらも、小敏は優木の口に出来ない思いまで察知してくれる。それは経験がそうさせるのか、元々の小敏の聡明さなのか、優木には複雑な気分だが、最近は余り考え込まないことにしている。 「着替えてくるよ」  キッチンに向かって優木が声を掛けると、小敏が即答した。 「シャワーもお風呂もダメだよ!一緒に入るんだから!」 「はいはい」  自分の心をくすぐる程度の小敏の我儘は、もはや甘えているとしか思えない優木だった。  今では当たり前のように小敏の寝室のクローゼットには優木の私服が並んでいる。出勤用のスーツも1着。今着ている分で2着に増えることになる。  段々と、優木と羽小敏の生活が重なって行くのが、優木には堪らなくくすぐったい。もう、ここで小敏と暮らすのが当たり前になって来て、2人の関係もそこまで深まったと感じる。 「優木さ~ん、ご飯だよ~」 「は~い」  優木は、急いで自分のヨレヨレのスウェットの上下に着替えた。明日は小敏と一緒に洗濯もしなければ、と思う。  理想通りの恋人・羽小敏との当たり前の日常。今ではそれを疑うことも出来なくなった優木だった。 ***  優木が少し遅れてリビングに戻ると、小敏が硬い表情で棒立ちになっていた。  これは、ただの不機嫌では無いと感じた優木は、ソッと近づき、小敏の肩に腕を掛けた。 「あ、…優木さん…」 「どうした?」  優木の姿を認めた途端、フリーズしていた小敏の端整な顔が、子供のようにクシャっと歪んだ。 「優木さん!優木さん!」  そのまま小敏は優木に縋りつくと、怯えたように恋人の名を繰り返した。 「優木さん…」 「ん?どうした、シャオミン。俺はここにいるよ。どこにも行かないよ」  こんな羽小敏を、優木は初めて見た。  心細く不安に震えている。誰をも魅了する色白の童顔で、端正な小敏の顔が涙ぐみ、歪んでいる。 「何?何があったんだよ?」  戸惑う優木に抱かれながらも、小敏の震えは収まらない。 「大丈夫。俺がいるよ。何も怖くない…。おいで、シャオミン…ほら…」  優木は青ざめた小敏の肩を抱き、ソファに移動して、座らせた。 「俺がいる。怖いことはないから、なんでも話してくれ…」 「…ゆ…き…。ゆう…き、さ、ん」  2人はギュッと抱き合い、しばらくは何も言わずにいた。

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