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第22話

 キッチンから電子音が聞こえた。  小敏(しょうびん)優木(ゆうき)のために温めた牛丼が呼んでいる。気付いた小敏が身じろいだが、優木は離すまいとさらに腕に力を込めた。 「今は、動くな、シャオミン。…じっと…、俺に抱かれていろ」 「ゆう、き、さ…ん」  震えながらも、小敏は優木の頬に指を伸ばし、引き寄せるようにしてキスをした。 「だ、い…丈夫…。ボクは、もう、大丈夫…」 「でも、シャオミン…」  小敏は蒼い唇で薄く笑って、優木の胸に身を任せたまま話し始めた。 「あのね…。来週、父が上海に来るんだ」  小敏の父が人民解放軍の幹部で、いつもは北京の公邸に住んでいることは優木も知っていた。 「それが?」  確かに、早くに兄と母を喪い、今や小敏の家族といえば父親だけのはずなのに、普段からそれほど密な交流をしているとは、優木の知る範囲では無い。 「父とは、5年会ってない」 「そんなに?」  中国人が、日本人以上に家族や親戚を大事にしている印象のある優木は、上海に住む親戚とは親密な小敏が、父親とそれほど疎遠だとは想像もしていなかった。 「日本に留学中、一度北京の家に行った時に…会った…かも」 「かも?」  はっきりしない小敏言い方が、優木には引っ掛かる。しかも聞き返した優木を、誤魔化すような態度を取る小敏だ。 「ううん。何でもない」 「シャオミン?」  逃げようとするかのように、強く抱きしめる恋人の胸を押し返す小敏だったが、優木は許さない。 「ダメだ。こんなシャオミンを放せない」 「…優木さん…。こんなに…、優しくしないでよ…」  泣き笑いの表情を浮かべる小敏が切なくて、優木は何度も繰り返し小敏の背中を撫でた。 「ん?どうして?」  不安そうな小敏を励ます、温かく、明るい笑顔を浮かべ、優木は少し冷やかすように小敏の頬にキスをした。 「優しくされたら…、泣いちゃいそうだよ」 「泣けよ。俺の前で、なんの遠慮がいる?」  優木の言葉に、小敏は涙を浮かべながら、無邪気に見えるよう、ニッと笑った。その弾みに、白く艶やかな頬に涙が一筋流れる。 「本当に泣かれると、困るな」 「もう…」  からかう優木に、小敏は笑いながら縋りつき、唇を奪った。 「ねえ、優木さん…」 「なんだい?」  何かに怯える子供のように弱々しかった小敏は、優木とのキスで元気を取り戻したように、いつもと変わらない明るい笑顔で恋人を魅了した。 「食事が済んだら、朝まで激しく抱いてね」 「……それでいいなら…」  明らかに深い悩みを抱えた小敏を、そのままに放置することが不安な優木だったが、それ以上小敏の心の闇に踏み込める自信が無かった。

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