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第27話

「以前に、文維(ぶんい)とお付き合いがあったのですか?」 「もちろん。文維から聞いてない?アメリカ留学中からの仲で、つい最近まで付き合っていたのだけど、私が仕事でヨーロッパに行ったものだから…」  煜瑾(いくきん)の恋人である文維が、非常に真面目で誠実に見えて、実はかなりのプレイボーイ「だった」ということは、文維の従弟(いとこ)である羽小敏(う・しょうびん)からも聞いている。  けれど、それは全て煜瑾と出会う前の事で、煜瑾と出会ってからは、恋人になるまでの短い期間でさえ、文維は誰とも遊んでいないと、小敏が自信を持って保証した。  そのことを信じている煜瑾は、過去の相手が現われたからと言って、特に何も感じなかった。 「先週、上海に帰ったばかりなんだよね」  ここで反応が薄い煜瑾に焦れたのか、宋暁(そう・しょう)は煜瑾を挑発するように、その長く美しい指先で煜瑾の顎をクイッと持ち上げた。 「私が留守の間、文維のお相手をしてくれてありがとう」 「?」  それでもまだ、キョトンとしている煜瑾に苛立った宋暁は、グッと煜瑾に迫り、その耳元で憎々し気に囁いた。 「文維は返してもらう。彼は、私の物なんだから」 「え?」  煜瑾は驚いて、すぐそこにある宋暁の顔を振り仰いだ。 「違いますよ。文維は、今は私だけの物ですから」  煜瑾はあくまでも冷静で、宋暁の間違いを丁寧に訂正すると、上品に会釈をして、宋暁から離れた。 「あれ?煜瑾、どうしたの?」  今回もまた一緒に仕事をした、桜花企画活動公司(サクライベントオフィス)百瀬(ももせ)石一海(シー・イーハイ)コンビが、一人ぼっちの煜瑾を見つけて声を掛けた。 「今、私の恋人と以前付き合っていたという人に会いました」 「おお、元カレとの遭遇か。で、その元カレに嫌がらせされた?」  煜瑾は少しその魅惑的な黒い瞳を潤ませ、ますます2人を魅了しながら大きく頷いた。  こんなカワイイ煜瑾を前にしては、2人の義侠心に火が点いても仕方がない。 「許せません!唐さんはこんなにイイ人なのに、嫌がらせなんて!」 「で、その元カレって、どいつよ!」  プンプンしている百瀬たちに、煜瑾は目を上げ、周囲を見回し、遠くにいる宋暁の姿を認め、コッソリと指を差した。 「あそこにいる、宋暁という人です」 「え!」  百瀬と一海は、煜瑾が指さした相手が、「あの」宋暁だと知り、唖然となった。 「ん?お知り合いですか?」 「アメリカでダンスの勉強をしていたんだけど、怪我でプロダンサーは断念。でもそのルックスでアメリカの雑誌に取り上げられ、一躍トップモデルの仲間入りっていう、超大物だよ!」  興奮ぎみの百瀬と一海が説明するが、深窓の王子で世間知らずの高貴な煜瑾にはピンと来ない。 「あ、でも恋人の元カレが宋暁だとしても、煜瑾は全然負けてないからね!」 「むしろ、勝ってます!」  2人は煜瑾を励ます気でいたのだが、煜瑾はその理由さえ分からないほど純真だった。 「はい。彼ではなく、私が選ばれたのですから、私が勝っていると思います」  傲慢さの欠片も無く、無邪気に微笑む煜瑾に、2人は苦笑するしかなかった。

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