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第29話
「もし、あの人から連絡があっても、会わないで欲しいです。せめて2人きりでは会わないで下さい」
「煜瑾 …」
「どうしてか、文維 とあの人が2人で会うことを想像しただけで、とても不愉快になります」
真剣に訴える煜瑾だが、文維は恋人の変化を感じてフッと笑った。
「どうして笑うのですか?」
不満そうにプッと頬を膨らませて、煜瑾は抗議するが、文維はそれを髪を撫でることであやした。
「どうして不愉快になるのか分かりますか?」
「?」
「それは『嫉妬』という感情ですよ、煜瑾」
文維に指摘され、初めて煜瑾は自分が初めて感じる、この感情の名前を知った。
「嫉妬…?これが、この不愉快でイライラした感じが、嫉妬なのですか」
「煜瑾はこれまで、嫉妬などという感情を知らなかったでしょう?」
名門、唐家の至宝として、大切に育てられ、「深窓の王子」と呼ばれ、何不自由なく暮らしてきた煜瑾は、人を疑うこと、羨むこと、妬むことなど知らずに今日まで来た。それが、誰からも愛される天使のような「唐煜瑾」という人間なのだ。
その煜瑾に、生まれて初めて「嫉妬」という感情が芽生えた。
「そんな…」
煜瑾は、愕然として、自分を抱き締める文維の胸を押し返した。
「ごめんなさい、文維…、私…、」
「煜瑾…」
純真で気高い煜瑾にとって、嫉妬などというものは近寄ってはならない、卑しいものだと教えられてきたのだろう。だからこそ、今日までそのような感情とは無縁でいられたのだ。
「煜瑾、確かに『嫉妬』は醜いとされていますが、私は、そうは思いませんよ」
「え?」
何かに怯えるような煜瑾に、柔らかく、慈愛に満ちた眼差しで文維は手を差し伸べた。
「人は、なぜ嫉妬をするのだと思いますか、煜瑾?」
「…どういう意味ですか?」
邪心を知らない煜瑾は、そんなことを考えることもしたことが無い。
「煜瑾は、なぜ私と宋暁 が会うことに嫉妬するのですか?」
質問を言い換えた文維に、煜瑾は真剣な眼差しで考える。
「それは…。私の文維を盗られたくない…から?」
たどたどしく答える煜瑾が可愛らしくて、文維また微笑んでしまう。
「だから…」
文維は煜瑾の顔を覗き込み、可愛すぎて頬にキスをした。
「私の事を好きだから、他の人に盗られたくないのでしょう?煜瑾が、私を愛しているからこそ、嫉妬という感情が芽生えるのです。煜瑾が嫉妬するたびに、私は煜瑾から愛されていると実感することができる…。違いますか?」
「え?そ、そう…です…か…?」
文維の指摘に、煜瑾は自分の嫉妬の原因が文維への想いの深さだと気付いて、何となく恥ずかしくなった。
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