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第34話

 上海に戻った羽小敏(う・しょうびん)は、いつもであれば叔父(おじ)である(ほう)夫妻の家に転がりこむ。特に今なら、従兄(いとこ)文維(ぶんい)がアメリカ留学中のため、部屋は余っているし、寂しがり屋の叔母は大歓迎してくれるはずだ。  それなのに、小敏は包家からかなり離れたホテルに部屋を取った。  ホテルのラウンジで1人、ボンヤリと見慣れたはずの、生まれ育った上海の夜景を見詰めていた小敏だった。 「君、1人?」  いきなり声を掛けられ、ゆっくりと小敏は振り返った。そのアンニュイな雰囲気に加え、端整な顔立ちの小敏に、声を掛けた広州から来た男はハッとした。  清潔そうな白く滑らかな肌、どこか虚ろな眼差しが頼りなげで悩ましい。一夜の慰みには十分な相手だ。 「一杯奢らせてくれるかな?」  男の下心にも気付かず、小敏は頷いた。  そのまま2人で並んで、男に勧められるまま小敏は数杯のカクテルを飲んだ。その中には小敏が初めて飲むアルコール度数の強いカクテルもあった。  そして、男の甘い言葉と共に酔わされた小敏は、生まれて初めて、見ず知らずの男と一夜を過ごした。  初体験は高校1年から2年へ上がる前の夏休み。家族ぐるみで出掛けた旅先で、幼い頃から一緒だった従兄が相手だった。互いに初めてだったが、聡明な従弟はすでに知識があったらしく、小敏は従兄の包文維にただ身を任せるだけで、苦痛も恐怖も感じることなく、快楽を知った。  以来、小敏が日本に留学すると同時に別れるまで、文維と楽しく過ごした。留学中はこれという交際相手はいなかったが、何度か従兄と再会しては、恋人としてではない戯れを重ねたことはある。  なので、羽小敏が文維以外の知らない相手に体を許すのは、この広州から来たビジネスマンが初めてだった。  こんな風に行きずりの相手を誘い、一夜限りの遊びに慣れた様子のビジネスマンは、まるで放心状態の小敏に、さらに口当たりは良いが強いカクテルを飲ませて酔わせ、そのまま自分の部屋に連れ込んだ。  危険な行為だが、小敏はそれもよく承知しており、今夜はそれでも、このまま流れに身を任せてもいいと思っていた。 「君、本当にカワイイね。肌もキレイで、寂し気で、放っておけないな」 「……。好きにしていいよ…」  投げやりな態度の小敏に、広州男は唇を歪めた。 「但し、…ゴムは使ってね」 「当然だろう」  遊び慣れた男らしく、財布からパッケージを取り出し、小敏に確認させた。納得したように小敏は薄く笑い、男に誘われるままベッドに横になった。 1年後、留学を終えて上海に戻った小敏は、小悪魔的な妖艶さを振りまき、次々と相手を替えては評判を下げるようになったのだった。

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