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第35話

 小敏(しょうびん)の帰国から1年遅れて、一番の理解者である従兄(いとこ)包文維(ほう・ぶんい)がカウンセラーの資格を持つ精神科医として、留学先のアメリカから帰国した。  そして、すぐに上海で開業した時、小敏は思い余って自分が見たことについて話したことはある。それでも、関係が近すぎてカウンセリングが成立せず、小敏の抱える胸のつかえは誰にも取り除くことは出来なかった。 *** 「優木(ゆうき)さんだけ…。ボクを救って、守って、愛してくれるのは、優木さんだけなんだ…」  小敏は、胸の内の痛みに見悶えるように、優木に縋りついた。  優木は何も言わず、ただ強く抱きしめ、子供のような小敏を優しく慰めるように、何度も何度も額に口付け、柔らかな髪を撫でた。 「あれから、父には会っていない…。父に愛人がいることくらい、乗り越えられるはずなのに…、それでも…、父に会うのが怖いんだ」 「そうだね。俺にも想像がつかないよ…」  2人はもう一度ギュッと抱き合った。 「会いたくないなら、会わずに済ませられないのか?」  優木は小敏を心配してそう言ってみる。  だが、小敏は悲しそうに首を横に振った。 「今回は無理なんだ。父の方から、どうしても会いたいって連絡があったから…」 「……」  こんな局面は初めての優木は、これ以上何をどう言えば小敏を救い、守る事になるのか分からない。 「ずっと…優木さんと一緒に居たいよ」  ふと零した小敏の泣き言に、優木はハッとした。 「じゃあ、そうしよう!」 「え?な、何を言ってるの、優木さん?」  驚いたのは小敏の方だ、ついさっき恋人の事が父に知られることが危険だと説明したばかりだと言うのに、やはり平和ボケの日本人には暗殺や抹殺の意味が伝わらないのだろうか。 「恋人だってバレるのがマズいなら、日本語の練習用の友人とか、俺がシャオミンから中国語を習ってるとか…」 「違うんだよ。優木さんの存在を知られたら、必ず徹底的に調べられちゃうんだって。そうしたら、絶対にボクとの関係がバレちゃうから…」  小敏は必死で事の重大さを説明するが、優木は難しい顔をしているものの、諦めるつもりは無いようで、何事かを考えこんでいる。 「俺は、…同じことならシャオミンの恋人として公言してから死にたいな…」 「ちょ、ちょっと、ふざけたことを言わないでよ。ダメだって、そういう発想は危険だから…」  優木は真剣な顔をして小敏を振り返った。 「じゃあ、今は本当に俺の存在に気付かれてないと言えるのか?」 「え?」 「急にお父さんがシャオミンに会いたいと言い出したのは、俺の事に気付いたからじゃないのか?」  そう指摘され、初めて小敏は顔色を変えた。

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