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第36話

「5年も会わずにいたのは、お父さんも同じだろう?それを急に会いたいなんて、何か特別な理由があるんじゃないのか?」 「……」  優木(ゆうき)の言葉に、小敏(しょうびん)も唇を噛む。  確かにこの5年、父とは会う理由が無かった。巧みに避けてもきた。だが、今回は逃げられない。なぜ、父は今回に限ってそれほど会いたがるのだろう。  やはり、小敏の最近の生活の中で、一番の変化と言えば優木との出会いだ。すでにこの関係が父に知られてしまったのだろうか。 「イヤだ!優木さんに何かあったら…、ボク…」  小敏は優木に縋りつき、その勢いで2人はベッドに倒れ込んだ。 「イヤだ、イヤだよ…!優木さんと別れたくない!」 「シャオミン…」  必死過ぎて泣き出してしまった小敏が愛しいと思う一方で、これほど深刻な問題なのかと、改めて優木の背筋が凍る。 「大丈夫。俺はちゃんとした日本人だし、そう簡単に逮捕されたり、消されたりしないよ。何かあれば、会社や領事館が動いてくれる」  優木の体の上に乗り上げ、小敏は切ない視線で恋人を見つめ、愛し気にその顔や髪に触れた。 「分かってないよ、優木さん…。ボクの父を分かってない…」 「そんなにヤバいのか」  不安そうな小敏を励まそうと、冗談めかして言うが、小敏の表情は変わらない。 「…父は、軍の上層部でも一部の人間しか知らない、特務機関のトップだ。この事は最高機密で、具体的な内容はボクも知らない」  深刻な表情で打ち明ける小敏に、優木はさすがに不安になる。 (軍の最高機密を知っちゃった俺って大丈夫なのか…?)  けれど、目の前の小敏の思い詰めた様子に、そんな不安を顔に出すまいと優木は努力していた。 「けど…、お父さんだって男の愛人を囲っているなら、シャオミンに俺が居るからって責められないだろう?」 「そう簡単な話ならいいんだけどね…。兄を喪って以来、父はボクを溺愛してくれた。職業軍人にしたくないからって、日本にも留学させてくれたし…」  小敏は脱力したように優木の上に体を投げ出し、ボンヤリと遠くを見ていた。  愛人の事を知る前は、父のことが好きだった。自分を大事に思ってくれているのが分かっていた。優しく、時には厳しく接してくれる父を、小敏は物心ついた頃から尊敬もし、信頼していた。  羽小敏は、父を愛していたのだ。 「分かってる…。父はボクの幸せを願ってくれているんだ…」  独り言のようにポツンと呟く小敏が哀れで、優木はその体をギュッと抱き締めた。 「優木さんが好きだ…。ただそれだけで、悪い事なんかしてないのに…」  切ない眼をして求める小敏が健気で、優木は拒むことが出来なかった。

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