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第38話
木曜の夜が来た。
明日は父親が来るからと、小敏 は優木 をこき使いながら、自分の高級アパートを片付けていた。
「とにかく、優木さんの物は、全部持って帰ってよ!父さんが来るだけならまだしも、絶対に優秀な部下を連れてるんだから。歯ブラシ1本からだって優木さんを見つけ出すよ」
厳しい顔をして優木を目いっぱい怖がらせ、小敏はベッドの下までチェックしている。
「あ~あ、せめて今夜もう一度だけ、優木さんと思い切りエッチしたいのに…」
自分から言い出しておきながら、小敏は愚痴り出す。
ふざけて言っているように聞こえるが、それがいつもの冗談とは何かが違うと優木は気付いていた。
「なあ、シャオミン。今夜はここをキレイに片付けて、俺のアパートに泊りに来ないか?」
こんな小敏を朝まで1人で置いておくのが心配で、優木は、せめて今夜だけでも自分の社宅代わりのアパートに連れ帰りたいと思った。
「…いいの?」
少し心細い顔をしていた小敏だったが、小さな希望を見つけたような目をして優木を見詰めた。そんな不安定な小敏を気遣って、優木は人の良い、誠実な笑顔で大きく頷いた。
「しばらく会えないなら、せめて今夜は朝まで一緒にいよう」
その一言に、小敏の顔がパッと明るくなった。そして洗濯物を入れるバスケットに私物を集めていた優木に駆け寄り、身軽に飛びついた。
「うわあ~」
その勢いに、優木はバスケットを取り落とし、せっかく集めた私物が床に散らばった。
「ごめんなさ~い」
珍しく素直に謝ると、小敏はそのまま優木に口付けた。
「早く優木さんちに行って、会えない間の分、いっぱいシたい…」
「はいはい。もう8時過ぎたぞ。早く片付け、外で飯を食って、俺んちに行こう」
「は~い」
優等生のお返事をして、嬉々として足元に散らばった優木の小物を雑に拾い上げ、小敏は急いで片付け始めた。
***
北京にある軍の上層部に用意された公邸で、人格者として知られる最年少将軍の秘書である劉六槐 は、電話を切った。
「将軍、明日の上海行き民間機の搭乗時間は11時です」
公邸の書斎で、パソコン画面を睨みつけるようにしていた将軍が、秘書の言葉に顔を上げた。
50代半ばの落ち着きと脂ののった男臭い色気を感じさせる、美男で知られる将軍だ。
「ん…。それで、例の件は?」
その苦み走った将軍の横顔をジッと見詰めて、秘書は答えた。
「万事、漏れの無いように片付ける手はずです」
それに対して、小敏の父、羽厳将軍は無言で頷いた。
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