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第40話

 金曜の朝、小敏(しょうびん)が目覚めると優木(ゆうき)はすでにバスルームに居た。  そして、小敏がベッドの上に起き上がると同じくらいに、肌着姿で現れた優木は、いつもと何一つ変わらない笑顔を小敏に送った。それだけで、小敏の心は落ち着く。 「朝ご飯、仕度するから、シャワー浴びておいで」 「うん」  機嫌よく立ち上がった小敏に、優木も安心したのが黙って見守っている。バスルームへのドアの前で、擦れ違いざまに2人は口づけた。 「おはよう」 「おはよ」  なんとなく少し気恥ずかしく、照れた笑顔で2人は離れた。  それから優木は、小敏が喜ぶような和風の朝食を作り始めた。  小敏のほうは、その伸びやかで艶めかしいカラダをシャワーで洗い清めながら、あることに気付いた。 (優木さんってば…)  小敏のカラダには、昨日あれほど激しく交わったというのに、少しもキスの痕や指で押さえた痕が無かった。  優木と付き合っていることを隠すために、会えないと言っただけなのに、ちゃんとそれを理解して、自分が抱いた証が残らぬように気遣ってくれたのだ。  そこまで、気を回す必要はないと思う小敏だが、優木の真面目さが嬉しい。その一方で、会えない間、優木に抱かれたことを思い出す(しるし)さえないのは寂しくも思った。  2人掛けの小さな食卓には、日本の白飯に、焼いた塩鮭と目玉焼き、小松菜の味噌汁に、優木のお手製のぬか漬けが並んだ。 「こんな朝食も、しばらく食べられないんだね」  寂しそうに小敏が言うと、優木もしみじみと小敏のカワイイ顔を見つめた。 「俺は浮気をしない…。シャオミンも…、他の男となんて、ダメだぞ」  冗談めかして言うと、小敏は薄く笑う。いつもの彼ならもっとワーワーと騒ぐだろう。それが出来ないほど、深刻なのかと優木は思った。 「好きだよ、優木さん。…何があっても、ボクを忘れないでね」 「シャオミン!」  まるでこれで2度と会えなくなるかのような小敏に、優木は驚いて立ち上がった。 「イヤだ!俺は絶対に別れない!」  そんな優木に真剣な顔を、泣き笑いのような表情で小敏は見上げた。 「火曜日には、ここに戻って来るから、夕食は優木さんの作った和食にしてね」  小敏はそう言って、黙って朝食を片付け始めた。 ***  時刻は、もう午後1時を過ぎた。  民間機で、12時には上海虹橋空港に到着している羽厳(う・げん)将軍は、とっくに到着していい時間だ。  今朝、11時に秘書の劉六槐(りゅう・りくかい)から小敏にSMSが来た。 (予定通り11時に民間機に搭乗され、北京を出発されました)  それを合図に、小敏は指定されていた上海で老舗のホテルの2階のカフェに向かった。  今の上海には外資系の国際評価での5つ星ホテルやそれ以上の高級ホテルもあるが、伝統的なものを重んじる羽厳は、昔ながらのクラシックホテルを常宿としている。  今回の上海への帰還はお忍びらしく、軍や公安の先導が付かないとの話だったが、それでももう到着してもおかしくない時間だ。  小敏はなんとなく、父に試されているか、焦らされて意地悪されているような気がした。

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