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第41話

 小敏(しょうびん)がもう一杯、アイスティーを注文しようかと思った時だった。  急にホテルの玄関がざわつき始めた。明らかに、VIPの到着にホテル内が動き始めたのだ。  まるで歴史の1ページそのままのように、インド人のドアマンが開けたドアを、悠然と入って来たのは、長身痩躯のダンディな紳士だった。軍人らしく姿勢が良く、威風堂々とした男らしさだ。 (やっぱり…父さんはカッコいいな…)  吹き抜けのロビーが見渡せる2階のカフェから、小敏は一団を見下ろしていた。  今回は、()将軍はもちろん、警護を担当するSPや身の回りの世話をする従卒まで、私服のスーツを着ているが、その強い警戒心や鋭い眼光など、とても一般市民には見えない。 (けど、軍人ってバレバレなのってどうよ)  呆れながら見下ろしながら、小敏はふと、なぜ父を5年も避けていたのか分からなくなった。  こうして俯瞰でみれば、父もただの男ではないか、と思う。小敏がそうであるように、肉欲を抱き、それを好きな方法で昇華するのは自由なはずだ。  そして、5年も経ってみれば、あの時父が抱いていた少年が、兄に見えたのは小敏の錯覚であったかもしれない。  けれど、こんな風に冷静に受け止められるようなったのは、間違いなく優木(ゆうき)のおかげだと小敏は思った。 (優木さんが居てくれたら、ホントに他の事はどうでもよくなるんだなあ)  そんな風に考えて、小敏はニンマリとした。  その瞬間、小敏は視線を感じてハッとした。ロビーを見下ろすと、まるで広告モデルか何かのように中央でスラリと立って、こちらを見上げている羽厳(う・げん)と視線が合った。  父は整った顔立ちでニヒルに唇を歪めた。 (相変わらず目立つな、父さん)  初めて気付いたような顔をして、小敏は父にニッコリして、小さく手を振った。 (しかし、情報系将校として、どうよ)  そんなことを考えながらも、愛される1人息子を演じるために、無邪気な笑顔を浮かべて小敏は立ち上がった。  振り返ると、そこにはもう、父の忠実な部下が立っていて、父の宿泊する最上階のスイートルームまで案内しようと待っていた。  最上階には別々のエレベータで、ほぼ同時に着いた。 「やあ、小敏。元気そうだね」 「ありがとう。父さんも相変わらずみたいだね」  ニッと素直なイイ子にしか見えない笑顔を見せて、小敏は父親を安心させようとした。  最上階には誰も居ない。この羽将軍が「お忍び」で滞在する5日間は、最上階は貸し切りなのだ。 「私がこちらにいる間は、小敏もこのホテルに泊まりなさい。仕事があるなら、持ち込めばいい」  サラリと親切ごかしに言うが、要は手元に置いて様子を見ようと言うのだろう。それを十分に承知していながら、小敏は大好きなパパに気に入られるような笑みで頷いた。

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