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第43話

 羽厳(う・げん)将軍は、悠然と、手にした紹興酒を口に含んだ。 「文維(ぶんい)の婚約者のお嬢さんに会ってみたいものだね」 「私の婚約者であれば、すぐにここへ呼びますが、伯父(おじ)様?ただ…」  言葉を続ける優秀な甥に、羽厳は一瞬鋭い視線を送った。  しかし、文維はその視線にも動じることなく、むしろ不敵な笑みさえ浮かべて言った。 「ただ、私の婚約者は『お嬢さん』ではありません。とても美しい『深窓の王子様』ではありますが」 「あははっ!文維のノロケが聞けるなんてね」  場の空気が凍り付く前に、小敏(しょうびん)従兄(いとこ)の文維を庇うように、大きな声を上げて笑った。そのわざとらしさに、父・羽厳は不満そうに眼を閉じた。 「噂では、名門の令嬢だと聞いていたのだが?」  まるで文維の言葉を聞かなかったかのように、羽厳は淡々と言った。 「伯父様も、名前だけはご存知でしょう。私の最愛の人は、上海大手の皇輝(ロイヤルシャイン)グループトップの唐家の次男・唐煜瑾(とう・いくきん)ですよ」  少しも臆することなく、文維は堂々と、厳めしい顔をした伯父に煜瑾の名を出した。 「男相手に、婚約者だと?」  明らかに棘のある口調で、羽厳は低く脅すように言った。 「お義兄(にい)さま!」 「お母さま!」「叔母(おば)さま!」  息子を庇おうとした包夫人を、文維は冷静に、小敏は慌てて引き留めた。 「文維…。お前は、この国の法を無視して、男と婚約したというのか」  決して激高した様子ではなく、冷ややかに、羽厳は文維を非難する。それはまるで地を這う悪魔の声のように、小敏には思えた。 「お言葉ですが、伯父様。この国では同性婚は『まだ』認められておりませんが、婚約に関しては法に触れてはいません」  平然と言い切った文維に、包夫人も晴れがましい表情になる。 「義兄(にい)さん。文維の急進的な考えは、受け入れがたいかもしれませんが、決して間違いではありません」  日頃から沈思黙考型の歴史学者である包伯言(ほう・はくげん)が、珍しく義兄に意見した。 「文維は、私と妻がそうであったのと同じく、心から愛する相手と巡り合い、結ばれたのです。確かにこの国では、文維と唐煜瑾は法的に結婚することはできません。けれど婚約した以上、同性婚が可能な国に移住すれば結婚はいつでも出来ます」  ここで、包氏はフッと口元を緩めた。 「それ以前に、この子たちは法的な契約など望んではいません。婚約ですら、言葉の上だけのものです」  愛する夫の説得力のある言葉に、うっとりした包夫人は、乙女のように頬を染めて微笑んだ。

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