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第44話
「そんな詭弁 で私を丸め込むのは容易 いだろうが、現実はどうだ」
羽厳 がそう言ってグラスを差し出すと、何の屈託も無く包文維 が伯父 のために紹興酒 を注いだ。
「現実は、私と唐煜瑾 が心から愛し合い、一生一緒にいると決めただけの事ですよ、伯父 様」
どこまでも文維は冷静で、自分たちに非は無いと確信していた。そんな文維の自信を、小敏 は少し羨ましいと思う。
(優木 さんなら…、強面 の軍人に迫られて、こんな風に堂々とボクのことを愛してるって言ってくれるのかな…)
ボンヤリする小敏の前で、羽厳は文維や包氏、包夫人に次々と酒を勧めた。
「小敏、お前は?」
将軍にとって愛息は、いつまでも幼いままのように思われて、まだ飲酒は早いとさえ感じるようだ。
「あ、…ボクは、リンゴジュースでいいよ」
小敏は父の機嫌を取るように、お得意の素直な笑顔を浮かべて、無邪気な態度で答えた。
その「正解」に満足したように、羽厳は笑顔で頷き、自分の酒杯を口に運んだ。
「同性愛は、現行法では確かに処罰されない。だがな、文維…」
上等な紹興酒で喉を潤した後、羽厳はおもむろに文維に向き直った。
「風紀紊乱 罪で取り締まることは可能だぞ」
恐ろしい笑みを浮かべた将軍にも、文維は意外にも明るく笑った。
「その時は、伯父様が助け出して下さるでしょう?」
このやりとりに、包夫妻も小敏も言葉を失い、息を呑み、固唾をのんだ。
だが事態は思わぬ方向に動いた。
「はっはっはっ!さすがに上海一の神童と呼ばれた子だけのことはある。他人の愚痴を聞くだけの医者にしておくのは惜しいな」
さすがの文維の豪胆さに、羽厳将軍もこれ以上の追及は諦めたらしい。豪快な笑い声をあげ、羽厳はさらに酒を飲んだ。
「いいだろう。お前はアメリカに、唐家はイギリスにコネがある。金さえあれば、どちらも国籍の取得は可能だ。何かあれば、行先はある」
そう言った羽厳は、チラリと愛息・小敏の表情を窺った。
「但し、国内では目立つことはするな。婚約など晴れがましい発表は断じて許さん」
一瞬、射抜くような鋭い視線を文維に送ったものの、すぐに大らかな気のいい伯父になって、穏やかに笑った。
その後は楽しい一家団欒といった感じで食事を終えた。最後に将軍は文維と約束をした。
「北京に帰る前に、唐煜瑾も一緒に食事でもしよう」
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